12年前に本シリーズで示談を取り上げた際、私は被害者感情への配慮や初期アプローチの難しさについて書きました。

しかし、12年が経過し、このトピックについても補筆の必要性を感じます。先般、愛知県弁護士会刑事弁護委員会が企画した座談会で示談の実務について話し合う機会を得ました。示談を要する様々な事件と向き合う中で、示談交渉における弁護人の基本的なスタンスや、成果に捉われすぎない実務上の視点について、私なりの考えがより明確になってきました。そこで、今回、補筆を書き留めておきたいと思います。
1. 捜査機関を介さない被害者との接触について
警察がまだ本格的に捜査を開始していない事件や依頼者が被害者の連絡先を知っている事件の場合、捜査機関を通さずに、直接、被害者と連絡を取ってよいのかという悩みを耳にします。民事不介入の警察官、公益の代表者である検察官は、いずれも被害者の民事上の代理人ではありません。弁護人が依頼人の利益のために適法な手続、誠実な姿勢で民事上の示談交渉という委任事務を遂行する以上、必ずしも捜査機関の介在を待つ必要はないというのが私の考えです。
もちろん、性犯罪等では細心の注意を払う必要があります。しかし、大切なのは何もしないで早々に諦めるのではなく、常に誠実なアプローチを心がけることです。連絡がつかない場合には、ケース・バイ・ケースではありますが、こちらの真剣さを相手に伝えるため、直接訪問を実施して丁寧な書き置きを残すといった行動も選択肢に入ってくると思います。
2. 賠償は法的義務、宥恕は被害者の気持ちの問題
示談交渉において重要なのは、民事上の損害賠償義務の履行と被害者による宥恕(許し)を明確に区別することだと思います。
加害者として生じさせた不法行為上の損害を被害者に賠償するのは、刑事事件に関係なく当然の法的義務です。これに対し、被害者が加害者を許すかどうかは、もっぱら被害者の気持ちの問題であり、弁護人が無理にこれをお願いするものではありません。仮に被害者から、金銭は受け取るが絶対に許さないと言われたとしても、弁護人としては、無理に許しを求めるのではなく、民事上の問題を一切解決した旨を記載した示談書を交わせばよく、被害弁償は受け取るが将来的な追加請求の可能性はあると言われた場合には、現時点での相当額を被害弁償として支払えばよいと思います。
清算条項や宥恕文言の獲得に固執するあまり、交渉を決裂させたり被害弁償を遅らせたりすることは避けるべきです。裁判所が量刑において重視するのは、実質的な被害回復がなされたか否かという客観的事実だからです。
3. 謝罪文のことや交渉を断念する決断について
被疑者・被告人に謝罪文を書いてもらい、それを被害者に渡すという手法はよく使われますが、私は被害者からのリクエストがない限り、謝罪文は用意しません。定型的な反省文や言い訳とも取れるような稚拙な謝罪文は、かえって被害者の感情を逆撫でし不信感を煽るリスクがあるためです。それよりも、被害者が真に知りたがっているであろう事件の経緯、被疑者・被告人の様子、今後の見通しなどについて正確な情報を伝えることの方が重要だと思います。
また、被害者から明確に示談交渉を拒絶された場合は、深追いしないことも必要です。弁護人の責務は誠実に被害弁償の機会を提供することであり、受け入れられない場合に供託等他の法的手段が選択肢となります。
全額弁償や示談が最も重要な情状弁護の一つであることは明らかです。弁護人として事件を引き受けた以上、依頼者のために何とかして示談を成立させなければというプレッシャーは相当なものがあります。しかし、常に忘れてはいけないのは、依頼者だけでなく被害者のほうも示談に向き合うのは相当に辛いということです。したがって、両者の辛い心境に思いを致しながら、とにかく誠実に行動することが求められます。
