シリーズ「弁護人に問う」第4回〜なぜ示談できないのか

 示談交渉は重要な刑事弁護活動です。広い意味において示談と呼んでいるものには、被害弁償、示談、減刑嘆願書の3つがあります。被害弁償は、損害賠償義務の履行で、民事上認められる損害の全部又は一部を被害者に賠償するというものです。厳密な意味での示談は、私法上の和解契約です。損害賠償はもちろんのこと、被害者が加害者に対し今後民事上の請求をしないという和解的側面に意味があります。減刑嘆願書は、さらに被害者が加害者の寛大な刑事処分を希望する旨記載した書面です。一般に、被害弁償、示談、減刑嘆願書の順に被疑者・被告人にとって有利な情状の程度が上がっていくものと考えられています。

 ところで、示談交渉において最も重要なことは何でしょうか。様々な答えがあるかと思いますが、私は被害者の立場をよく考えることではないかと思います。弁護士(弁護人)は、被疑者・被告人の代理人という立場で交渉するのですから、被害者の立場をよく考えるのが最も重要だというのは、一見意外なようにも見えます。しかし、示談交渉が進まない原因の多くは、弁護士が被害者の立場を十分に意識していないことに起因するように感じます。

 なぜ、被害者の立場をよく考えなければならないのでしょうか。それは、犯罪の被害を受けた人は、事実を知りたいという気持ちと加害者を許せないという気持ちが併存する中で、示談の席に着けば、事実をうやむやにしたまま、加害者を許すことになるかも知れないと常に身構えていることが多いからです。被害者は、示談金の提示を受け入れれば、それが何らかの形で被疑者・被告人にとって有利に働くのであろうということを漠然と知っています。示談金の提示を受け入れることは、事件が深刻であればあるほど勇気のいることで、非常に難しい決断です。

 このような被害者の立場を踏まえれば、次のような注意点が導き出されます。

 まず、弁護士が被害者に一度は会うことです。相手が難しい決断をする場面で、電話や手紙だけで済ませる訳にはいきません。被害者が弁護士の言動を直接見聞きして知っておくことは、決断のための重要な情報提供だと思います。

 次に、できるだけ被害者に対し事実を伝えることです。被害者の多くは被疑者・被告人が何を言っているのか、何を考えているのか、また、どのような事件だったのかを詳しく知りたいはずです。これに対し、弁護士は、自分の感想(被疑者・被告人は反省しているように見えるとか、たぶんこういう事件だろうといった感想)よりも、証拠がどうなっているのか、被疑者・被告人が何と言っているのか、事実を伝えることを意識したほうがよいと思います。被害者の知りたいのは事実であって、弁護士の感想ではないからです。

 また、被害者に対し、示談した場合の刑事裁判への影響についても、ごまかさずに説明すべきだと思います。例えば、財産犯の場合、示談の影響は確かに大きいでしょう。被疑者・被告人を事実上許すような結果となる場面が多いと思います。他方、殺人、傷害致死、強姦致傷などの重い事件については、一般情状の一要素に過ぎない示談の影響は限定的に捉えられています(私にはそれが望ましい方向とは思えません。)。従って、特に裁判員裁判における量刑の実務をよく知っておかなければ、正確な説明はできないと思います。

 さらに、被害者が被疑者・被告人を許すかどうかは、弁護士が適切に以上の対応をしただけでは足りず、被害者の人生観や性格等にも大きく左右されることなので、弁護士としては、被害者の決断に過度に介入しないことです。言い換えれば、ときにはそっとしておくことも必要ではないかと思います。例えば、弁護士自身が被疑者・被告人の代わりに無理に謝る必要はないですし、加害者の親族も、被害者が特に希望しない限り、被害者の下に連れて行かないほうがよいと思います。加害者の親族は、被害者の立場を深く考えず、とにかく謝りたいという自分の気持ちを優先させる傾向にあるからです。被疑者・被告人作成の謝罪の手紙も、余程きちんと書けた物でない限り、被害者に送るのは差し控えたほうがよいと思います。文章で気持ちを伝える技術は、話し言葉で気持ちを伝える技術とは別次元の訓練を必要とするため、そのような訓練を積んでこなかった人の書いた手紙は、真意を伝えられないばかりか、かえって誤解を与える危険が高いからです。

 さきほど述べたとおり、示談した場合の刑事裁判への影響は、事案によって異なります。しかし、全体としては、実質的な被害弁償をしたことが重要で、あまり示談や減刑嘆願書にこだわる必要はないように思います。実質的な被害弁償というのは、事案に相応しい賠償額を支払うという意味です。例えば、5万円の窃盗事件で100万円もの被害弁償をするのは、通常はバランスを失しているでしょうし、逆に、強姦致傷事件について10万円で示談したと言っても、それが果たして相応しい賠償額なのか疑問があります。

 減刑嘆願書についても、基本的には、被害者が率先して書いてくれるような場合でなければ、これにこだわる必要はないと思います。最終的に被害者が加害者を許すかどうかは、被害者の人生観や性格等に大きく左右されるため、被疑者・被告人の刑事処分を決めるにあたって、あまり公平な要素ではありません。例えば、被害額の極めて小さな財産犯であるにもかかわらず被害者が絶対に犯人を許さないと言っている場合や、反対に、通常はあまり考えられませんが、赤の他人から身内を殺害された遺族が犯人に対する厳しい処罰感情を持っていない場合を想像すれば、公平な要素ではないと分かるはずです。従って、通常は、事件の内容や事件後の加害者側の対応といった公平な尺度が、量刑上重視されているはずです。

 ところで、被疑者・被告人自身が示談金を用意できるケースは、あまり多くないのが実情です。そこで、弁護士としては、被疑者・被告人の親族や知人に対し、示談金の用意について積極的に打診することがあります。しかし、ここで注意しなければならないのは、弁護士は、示談した場合の刑事裁判への影響を正確に見通し、これを親族や知人に説明する必要があるということです。弁護士に強く勧められて示談したのにほとんど刑事裁判に影響がなかったような場合、親族や知人としては、示談を勧めた弁護士に対するわだかまりが残るかも知れません。もちろん、このような場合も、その弁護士に直ちに責任が発生するわけではありません。しかし、一般的に、被疑者・被告人の親族や知人は、そもそも損害賠償責任を負う者ではないということに十分留意しておくべきだと思います。

 最後に、示談の意義、経過、具体的内容、協力者への立替金返済予定等について、被疑者・被告人に十分理解してもらうことも大切です。被疑者・被告人が、自分自身の言葉で説明できることが肝要であり、これが真の反省にもつながるはずです。

【関連エッセイ】
第1回〜なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回〜なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回〜なぜ勾留理由開示をしないのか

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