なぜ無実の人が自白するのか(1)

私は、名張毒ぶどう酒事件という事件の弁護人の一人です。この事件では、全国から大勢の弁護士が集まって弁護団を形成し、ボランティアで弁護活動をしています。現在、弁護団は33名です。名張毒ぶどう酒事件は、昭和36年、三重県名張市の山奥にある集落で行われた懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性のうち5人が死亡し、12人が中毒症状になったという事件です。ぶどう酒にはテップ剤という農薬が混入されていました。

この事件で犯人ではないかと疑われたのが当時35歳だった奥西勝さんです。奥西さんは逮捕される前から毎日警察で長時間の取調べを受け、犯行を「自白」し、そして逮捕されました。奥西さんは、その後、「自白」を撤回し、裁判で無実を訴えました。第1審の津地方裁判所は、昭和39年、「自白」は信用できないとして奥西さんに対し無罪を言い渡しました。ところが、控訴審の名古屋高等裁判所は、昭和44年、「自白」は信用できるとして無罪を破棄し、奥西さんに対し死刑を言い渡しました。そして、奥西さんは死刑囚となりました。

奥西さんは、永年にわたり再審(裁判のやり直し)を求めてきましたが、裁判所はなかなか裁判のやり直しの機会を与えませんでした。しかし、平成17年4月、遂に名古屋高裁(刑事1部)は、奥西さんの「自白」は信用できないとして、奥西さんの死刑執行を停止して再審開始を決定しました。ところが、翌18年12月、同じ名古屋高裁の別の裁判官(刑事2部)が、「自白」はやはり信用できるとして、再審開始の決定を取り消し、再審の道は再び閉ざされてしまいました。現在、奥西さんは、名古屋高裁(刑事2部)の取消し決定を不服として、最高裁に特別抗告を申し立てています。今、奥西さんは82歳です。

名張毒ぶどう酒事件では、「自白」以外にも様々な争点があるのですが(下記のホームページには、事件の争点が分かりやすく書かれています)、死刑を維持したどの裁判官も奥西さんの「自白」を重要視しています。名古屋高裁刑事2部の裁判官も、奥西さんが「自らが極刑となることが予想される重大犯罪について、このように、自ら進んで、あえてうその自白をするとは考えられない」として、「自白」は任意になされたもので信用できると言っています。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/

しかし、自白をした人はみな犯人であって、無実の人が自白することはないのでしょうか。確かに、名張毒ぶどう酒事件では、奥西さんを拷問したり何ヶ月も拘束したりして自白を迫った形跡はありません。では、やってもない犯罪について「自分が犯人です」と認めてしまうこと(虚偽自白)はないのでしょうか。

弁護団は、アメリカで虚偽自白の研究をしているスティーヴン・A・ドリズィン教授に依頼して、名古屋高裁刑事2部の取消し決定の問題点を分析していただき、法廷意見書を最高裁に提出しました。そして、昨日、日本弁護士連合会主催でドリズィン教授を日本にお招きし、東京で講演をしていただきました。自白に依存する現在の日本の刑事司法に対し、抜本的な改革を迫る衝撃的な内容でした。少し長くなりましたので、あらためて書きたいと思います。

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