シリーズ「弁護人に問う」第10回〜なぜ異議を申し立てないのか

 映画やテレビドラマなどで、証人尋問の際、弁護士が威勢よく「異議あり!」と叫ぶシーンをよく目にします。あの「異議あり!」は、日本の刑事手続においては、証拠調べに関する異議申立のことを指します(刑事訴訟法309条1項)。当事者は、法令の違反があること又は相当でないことを理由として異議を申し立てることができ(刑事訴訟規則205条1項)、異議を申し立てる際には、個々の質問ごとに、簡潔にその理由を示して、直ちにしなければならないとされます(刑事訴訟規則205条の2)。

 では、実際の法廷ではどのくらい異議申立がなされているのでしょうか。意外なことに、多くの法廷において、的確な異議申立はゼロか多くて1〜2回程度ではないかと思われます。控訴審の弁護を引き受けると、原審(第一審)の尋問調書を読む機会がありますが、原審弁護人が異議を申し立てた場面に出会うことは非常に少なく、たまに異議申立らしき場面を見かけても、よく読むと異議申立かどうかはっきりしない「ちょっといいですか」的意見表明にとどまるものが結構多いのです。

 異議申立が少ない理由が、多くの尋問者が適法・相当な尋問を心掛けているからであればよいのですが、必ずしもそうとは言えません。異議申立が少ないのは、どのような場面で異議を申し立てればよいのか、刑事訴訟法や刑事訴訟規則の条文を頭に入れてスタンバイしていないことが主な原因ではないかと推察します。この問題は訓練することによって解決するはずなのですが、異議申立には知識だけでなく瞬発力も要するため、自分なりに工夫する必要があると思います。例えば、弁護人が2人いる場合には、1人が速記係、もう1人が異議係に徹するといったように役割分担をする方法が考えられます。1人で相手方の尋問を聴きながら同時に異議申立の準備をするのは、かなりの重労働ですが、複数で分担すれば容易に乗り切ることができるはずです。また、尋問の初期に相手方の癖を把握し、多種多様な異議申立理由のうち、その尋問で使える理由を1〜2個に絞り、いつでもパッと反応できるように準備しておく方法が考えられます。その1〜2個は、たいていの場合、主尋問における誘導尋問、反対尋問における誤導尋問だと思います。

 異議を申し立てることで、質問者の態度を一変させることができます。主尋問で誘導尋問を繰り返す相手方に早い段階で誘導の異議を申し立てて牽制しておくことで、仮にそれが棄却されたとしても、その後の誘導尋問の回数を減らすことができ、主尋問を適正なものにできるはずです。また、相手方の反対尋問で味方の証人が窮地に陥った場合、タイミング良く異議を申し立てることによって、一息入れさせることができます。ボクシングにおけるクリンチのような効果があります。しかし、いかに異議申立が効果的であるからといって、むやみに異議を申し立てることは差し控えるべきです。明らかに理由のない異議申立は、尋問を妨害しているものと受け止められ、無用な反発を招くばかりか、肝心なときの異議を認めてもらえなくなるおそれがあるからです。

 証人尋問における異議申立の理由のうち、主なものは次のとおりです。

1 関連性のない主尋問。立証すべき事項及びこれに関連する事項(刑事訴訟規則199条の3第1項、同199条の14第1項)ではないからです。
2 公判前整理手続を経た事件で、証言予定要旨で開示されなかった事項にわたる尋問もチェックする必要があります(刑事訴訟法316条の14第2号)。
3 誘導尋問(刑事訴訟規則199条の3第3項)はおそらく最もよく使う異議でしょう。誘導尋問の異議申立に対し、相手方が許される誘導尋問(同項但書)であると反論した場合には、証人の供述に不当な影響を及ぼす(同第4項)とか、不相当な誘導尋問(同第5項)であると再反論することもできます。なお、誤った事実を前提に質問することは誤導尋問とされ、やはり同第5項等を根拠に異議申立の対象となります。
4 主尋問の範囲外の反対尋問。主尋問に現れた事項及びこれに関連する事項並びに証人の供述の照明力を争うために必要な事項(刑事訴訟規則199条の4第1項)ではないからです。
5 反対尋問の範囲外の再主尋問。反対尋問に現れた事項及びこれに関連する事項(刑事訴訟規則199条の7第1項)ではないからです。主尋問をした当事者が聴き忘れた事項を後で質問しようとする場合は要注意です。
6 まだ証人の記憶が明らかでない状況ではないにもかかわらず、いきなり記憶喚起のために書面等を示そうとする場合(刑事訴訟規則199条の11第1項)です。これも実務では意外とよく見かけます。なお、記憶喚起のプロセスが正しいとしても、証人の供述に不当な影響を及ぼす(同第2項)ときは、やはり異議を申し立てるべきです。
7 個別的かつ具体的でない尋問(刑事訴訟規則199条の13第1項)。どのみち尋問としての意味がないので、放っておいてよい場合もありますが、証人が困惑している場合は救出してあげるべきだと思います。
8 威嚇的又は侮辱的な尋問(刑事訴訟規則199条の13第2項1号)。これが異議申立の対象であることは言うまでもありません。
9 すでにした尋問と重複する尋問(同2号)。ある程度の重複は致し方ないにしても、酷い場合には異議を申し立てるべきです。
10 意見を求め又は議論にわたる尋問(同3号)。尋問は事実こそが大切であり、意見や議論は不要です。このような尋問は全く無意味なのですが、酷い場合には異議を申し立てるべきです。
11 証人が直接経験しなかった事実についての尋問(同4号)。例えば、医師や学者などの専門家証人に領域外の事項について無理に答えさせようとすると、これに該当する場合があります。
12 伝聞供述を求める尋問(刑事訴訟法320条1項)。よく注意しないと聞き漏らしてしまいそうですが、多数の関係者が登場し「言った」「言わない」の話になってきた場合には注意が必要です。

 私自身、偉そうなことを書いておきながら、なかなか的確な異議を申し立てられず、忸怩たる思いをすることが多々あります。結局のところ、異議申立は失敗を繰り返しながら上達するしかないのだと思います。

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