シリーズ「弁護人に問う」第9回~なぜ被告人を隣に座らせないのか

 刑事裁判の法廷を思い出してください。ひな壇に座る裁判官から見て、左右両側に検察官と弁護人が向かい合って着席します。裁判官、検察官、弁護人ともに大きなイスに腰掛け、目の前には大きな机があります。では、被告人はどこに座っているのでしょうか。

 私が司法修習生だった頃、被告人は、弁護人用の机の前に置かれたベンチに座る場合と、裁判官から見て証言台の向こう側、つまり裁判官の真正面のベンチに座る場合の2通りでした。2通りの方法がそれぞれ半々くらいだったように記憶しています。法廷を取り仕切るのは裁判官ですから、それ以外の関係者は法廷の配置について意見を述べることはできても、最終的に決める権限は裁判官にあります。その意味で、法廷の配置は裁判官の個性が出る場面といえるかも知れません。

 検察官と被告人が対等な当事者として攻撃防御を尽し裁判官が判断するという当事者主義の観点からすれば、被告人は検察官と向かい合わせ、つまり弁護人側に座るのが本来のあり方と言えるでしょう。しかし、それにもかかわらず、被告人を裁判官の真正面に座らせることにこだわる裁判官もいました。その裁判官は、被告人は当事者の一方とはいえ裁判を受ける立場でもあるのだから、常に法廷の中央に座るべきものだという趣旨の話をしていました。私は、裁判官の正面に被告人を座らせるのは「お白洲」のようで、職権主義的であり、当事者主義になじまないのではないかと思いましたが、当時は、その裁判官のような考え方も有力だったようです。ちなみに、その裁判官は、証人尋問のときには証人を着席させ、被告人質問のときには被告人を起立させていました。裁判官にその理由を尋ねたところ、もともと裁判官以外で法廷において発言する者は全員起立するものであるが、証人だけはわざわざ来てくれるのだから特別に着席したまま発言することを許可するという答えでした。そうであれば、被告人も発言するときだけ起立すればよいと思うのですが、この点について裁判官の明確な答えはありませんでした。被告人だけ起立している法廷は、無罪推定の原則を思い起こすと、首を捻るような光景でした。

 その後、いつの間にか被告人を裁判官の真正面に座らせる法廷は、ほとんど見かけなくなりました。やはり、当事者主義になじむからでしょうか、全国的に被告人が弁護人の前に座るという運用がすっかり定着したように思います。

 そして2009年、裁判員裁判が開始するにあたって、被告人の着席位置に関し、さらに大きな動きがありました。裁判員裁判対象事件については、在宅の事件や保釈中の事件だけでなく、勾留中の被告人であっても弁護人席の隣に座ることができるようになったのです。この場合、2名の看守(拘置所等の職員)は、被告人の左右すぐ斜め後ろに控えるのが通例のようです。被告人を検察官と対等な当事者と位置づけるのであれば、被告人は弁護人の前でなく隣に座るのが本来の姿といえるでしょう。被告人が弁護人の隣にいてくれれば、公判中のコミュニケーションはスムーズですし、一緒に記録を読むこともでき、弁護活動にとってプラス面は大きいといえます。このような運用になった背景には、法廷での弁護活動の円滑化を図る必要があるとか、裁判員が被告人に偏見を持たないようにするといった理由があったようです。以前から一部の弁護士が被告人を自分の隣に座らせようと努力し、これが実現された例もありましたが、全体からみればごく少数にとどまりました。しかし、裁判員裁判対象事件限定とはいえ、被告人が弁護人のすぐ隣にやってきたことは歴史的に見れば画期的だと思います。

 さらに、裁判員裁判対象事件については、着席位置だけでなく、服装や手錠・腰縄のあり方も変わりました。被告人の服装は、スーツさえ用意すれば、被告人は首の前でピン留めするタイプのネクタイ(子ども用によくある物)や革靴風のサンダル(正面からみると革靴に見えるが踵のない履物)を借りることができます。そこまでするのであれば、普通のネクタイや革靴を貸してあげればよいのにと思うのですが、ネクタイは自殺防止、革靴は逃走防止の観点から、やはり普通の物を貸し出すわけにはいかないとか。拘置所サイドの妙な意地を感じます。それにしても、以前は、法廷内にいる他の人達が全員スーツで、被告人だけジャージという例も多く、いかにも「被告人参上」という出で立ちで、一人だけ浮いている様子でした。また、手錠・腰縄については、裁判官・裁判員が入廷する直前に、被告人の手錠・腰縄が外される運用になりました。いずれも判断者である裁判員が予断を抱かないようにという観点から始まった新しい運用と言われます(そうすると、従前は予断を抱き兼ねないような運用がまかり通っていたということになります。)。なお、新しい運用が実現した背景には、弁護士サイドの強い働きかけがあったことは言うまでもありません。

 このように、被告人の着席位置、服装、手錠・腰縄ともに、裁判員裁判対象事件について議論されてきた問題ですが、対象外の事件についても本質的には同じ問題があるはずです。人は個人として最大限に尊重されなければなりません。裁判員裁判対象事件の被告人とそれ以外の事件の被告人で異なる扱いをする理由はないはずです。本人が希望するならまだしも、そうでないのに法廷内で一人だけ目立つラフな格好をさせたり、手錠・腰縄をつけてさらし者にしたりするのは、個人の尊厳をないがしろにするものではないでしょうか。裁判員裁判対象事件について容易に改善できたのです。他の事件でも同じようにやれないはずがありません。私は、このような部分にどれほど光をあてることができるのかによって、その国の文明の水準を推し量ることができると思っています。

 個々の弁護人にできることはあります。被告人の着席位置については、裁判員制度が始まった2009年以降、少なくとも私の知る限り、在宅と保釈中の全ての事件について、被告人が黙って弁護人の隣に座っても、裁判官は特に何も言わなくなりました。それなのに今でも、在宅や保釈中の事件について、弁護人が被告人を相変わらず前のベンチに座らせている例を見かけます。実にもったいないと思います。他方、勾留中の事件は、被告人を弁護人の隣に座らせようとした場合、その実現はなかなか難しい現状にあります。ある事件では、裁判官は法廷に十分なスペースがないことを理由にこれを認めませんでした。別の事件では、裁判官は看守の意見を求め、看守が先例がないことを理由に難色を示したことを踏まえ、結局これを認めませんでした。こうしてみると、この問題は、まだ過渡期なのかも知れません。

【関連エッセイ】
第1回〜なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回〜なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回〜なぜ勾留理由開示をしないのか
第4回〜なぜ示談できないのか
第5回〜なぜ証拠開示をしないのか
第6回〜なぜ検察官の主張立証を固めないのか
第7回〜なぜ不同意意見を述べないのか
第8回〜なぜ予定主張を明示するのか

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