シリーズ「弁護人に問う」第8回〜なぜ予定主張を明示するのか

 今回は公判前整理手続における弁護活動の重要なポイントの一つ、予定主張の明示について書いてみます。

 被告人又は弁護人は、検察官の証明予定事実記載書の送付、検察官請求証拠及び類型証拠開示を受けた場合において、「証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない」とされています(刑事訴訟法316条の17)。公判前整理手続が導入される以前、弁護側の主張の明示といえば、冒頭陳述の規定があるのみで、しかもこれは必ず行われるものではありませんでした(刑事訴訟規則198条)。刑事裁判では、挙証責任(証明できなければ敗訴の不利益を被る立場で、証明することを義務づけられる)は検察官にあり、弁護人は基本的に検察官立証を弾劾すればよいという立場にあります。そのような訴訟構造であるにもかかわらず、弁護側に主張に関する一定の義務づけをするという意味において、予定主張の明示は従前なかった制度です。そして、新しい制度であるがゆえに、どのように予定主張を明示するかは、弁護人によって様々であり定説はないようです。しかし、定説がない中でも弁護人としていくつかの注意則はあるものと考えます。

 まず、弁護人が予定主張を明示する前提として、検察官の証明予定事実記載書の送付、検察官請求証拠及び類型証拠の開示を受けておく必要があるということです。これは刑事訴訟法316条の17に「被告人又は弁護人は、第316条の13第1項の書面(証明予定事実記載書)の送付を受け、かつ、第316条の14(検察官請求証拠)及び第316条の15第1項(類型証拠)の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において」と前置きしていることからも明らかです。ところが、現実には、多くの裁判所は、第316条の15の類型証拠開示の完了に相当な時間がかかることをあまり意識しておらず、弁護人に無理難題を要求します。例えば、起訴後まもなく、裁判所は検察官と弁護人を呼び、検察官の証明予定事実記載書及び証拠調べ請求書の提出期限を決めるとともに、弁護人に対し、検察官に課せられた期限から2〜3週間を目途に、類型証拠開示請求を完了し、予定主張記載書面を提出するよう求めることがあります。しかし、類型証拠開示は、弁護人が請求するだけで完結するわけではありません。弁護人の開示請求の後、検察官の回答があり、検察官の回答が不十分だった場合は、その回答に対し釈明を求める必要があります。第2弾、第3弾の類型証拠開示請求をすることも少なくありません。また、検察官が開示した証拠を謄写し、被告人にこれを差し入れ、検察官請求証拠とともに接見室で被告人と時間をかけて検討します。とても2〜3週間では足りません。最低でも数ヶ月はかかり、事件の規模によっては、残念ながら年単位の時間を費やすというのが私の感想です。しかし、現実には、裁判所の無理難題に応じて、十分な類型証拠開示を経ないまま予定主張を明示している例が少なくないようです。

 次に、検察官の証明予定事実に対する逐一の認否は不要ということです。弁護士は民事訴訟においてしばしば答弁書を作成します。答弁書には訴状の請求原因(検察官の証明予定事実記載書に対応します)に対する認否を記載します。例えば「○○は認める」「○○は否認する」「○○は不知」といった認否です。しかし、公判前整理手続では、民事訴訟のように検察官の証明予定事実に対し認否することは求められていません。証明予定事実に対し逐一認否することは、検察官の挙証責任を不明確にするだけでなく、かえって争点整理を迷走させ、整理手続の長期化をもたらすおそれがあります。

 これに関連して、長大な準備書面のような予定主張を明示すべきではないということがあります。この点、研修や事例報告会において、被告人の主張をそのまま垂れ流し、生い立ちに始まり、事件に至った経緯から、現在考えていることまで、被告人質問を前倒しするような予定主張を見かけることが少なくありません。しかし、このような長大な予定主張は、公判段階における被告人質問の際、予定主張と異なる箇所を変遷とみなされるおそれがあり、被告人にとって不利益になり兼ねません。予定主張記載書面には必要なことだけを具体的かつ簡潔に書けばよいのです(刑事訴訟規則217条の19第2項)。予定主張をどの程度書いてよいのか分からないときは、ひとまず簡潔な書面を提出し、その後、検察官に対し、挙証責任があることを理由に、証拠構造を明らかにした証明予定事実記載書を再度提出するように促したほうがよいと思います。

 刑事訴訟法316条の17で求められる予定主張の明示はどのようなものでしょうか。まず、証明予定事実は必ず明示する必要があります。証明予定事実とは、公判期日において証拠により証明しようとする事実のことです。要するに、弁護側で証拠調べを請求して証明しようとする事実がある場合は、これを明示しなければなりません。難しいのは、証明予定事実以外の事実上及び法律上の主張です。このうち、事実上の主張に関しては、重要な間接事実を検察官の証明予定事実に対応する限度で最小限に書けばよいと思います。予定主張は、裁判官の心証形成に寄与するものではなく、事件の争点を整理するものであり(刑事訴訟法316条の5第3号)、簡潔に書けば足りるからです(刑事訴訟規則217条の19第2項)。例えば、検察官が、犯行に使われたとされる凶器を被告人が特定の場所、特定の時間に購入したという証明予定事実を明示した場合、弁護側でその事実はないと主張する場合などです。これに対し、証拠の証明力に関する反論などは予定主張に盛り込む必要はないと考えます。例えば、被告人の犯行を目撃したという証人がいる場合、検察官がその証人の証言が信用できる旨の詳細な証明予定事実を明示した場合であっても、弁護人はこれに対し具体的な主張をする必要はないということです。法律上の主張は、法令の解釈・適用に関する主張で、典型的には責任能力に関する主張がこれにあたります。こちらも、事実上の主張と同様、簡潔に書けば十分です。

 このように、弁護人の予定主張の明示は、「その事実が事件の争点の整理に必要か」を常に意識し、簡潔なものにとどめるべきですが、主張関連証拠開示につなげたい場合、戦略的に敢えて積極的に長めの予定主張を明示したほうがよい場合もあり得ます。弁護人が独自で入手することが困難な証拠で、かつ、警察官ないし検察官がこれを保有している可能性が高いと見込まれる証拠(初期の捜索差押関連の証拠、通信に関する証拠、法医学、DNA、指紋等に関する証拠、取調べ備忘録等)を本気で取りにいきたい場合が想定されます。

 最後に、量刑に関する主張について、犯情、一般情状ともに、前述したとおり、やはり書き過ぎには注意すべきです。しかし、弁護側の量刑に関する意見を明らかにする前提として、裁判所の量刑検索システムを積極的に使うことがあります。その場合、弁護側としてはどのような量刑分布図を用いるのか、特に強調したいポイントについては、最終弁論の段階で紛糾しないためにも、公判前整理手続の段階で明示しておいたほうがよい場合があります。ただし、この場合も、必要最小限というスタンスを崩さないほうがよいと思います。

【関連エッセイ】
第1回〜なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回〜なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回〜なぜ勾留理由開示をしないのか
第4回〜なぜ示談できないのか
第5回〜なぜ証拠開示をしないのか
第6回〜なぜ検察官の主張立証を固めないのか
第7回〜なぜ不同意意見を述べないのか

目次