シリーズ「弁護人に問う」第7回〜なぜ不同意意見を述べないのか

 刑事裁判の証拠には供述証拠と非供述証拠があります。供述証拠とは、例えば、法廷に呼ばれた証人の証言や警察署での取調べの内容をまとめた供述調書のように、人がある事実について言葉で述べた証拠を指し、非供述証拠とは、凶器とか指紋といった、供述証拠以外の証拠を指します。

 ところで、刑事裁判には、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることはできないという原則があります(刑事訴訟法320条1項)。これは伝聞法則といい、突き詰めると難しい概念なのですが、ここでは、原則として供述調書を証拠にしてはならないルールとしておきます。供述証拠を使うときは証人を裁判所に連れてきなさいというルールです。人間の記憶や表現というものは、凶器や指紋などと違ってあてにならないものだから、証人にとって都合の良い主尋問だけでなく、都合の悪い反対尋問も受けた上ではじめて証拠として認めるという意味です。

 ところが、実際の刑事裁判では、証人尋問よりも供述調書のほうが圧倒的に多用されています。起訴後、検察官は捜査記録の中から裁判で使いたい書証の証拠調べを請求しますが、この中には、通常、被告人や参考人の供述調書も多数含まれています。伝聞法則があるにもかかわらず、検察官がこのような方法で証拠調べを請求するのは、次の条文があるからです。被告人が証拠とすることに同意した書面は、その書面が作成されたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、これを証拠とすることができる(刑事訴訟法326条1項)。これは同意書面と呼ばれるもので、実務上、非常に大きな意味を持っています。大きな争いのない事件はもちろん、争いのある事件でも、弁護人が証人尋問をするほどの必要性はないと判断した人の供述調書は、弁護人の同意意見によって、通常、裁判所はそのまま証拠として採用する運用になっています(「その書面が作成されたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り」という要件がありますが、これが問題になることはほとんどありません。)。つまり、弁護人が同意意見を述べれば、通常、その人の証人尋問は行われないことになるのです。

 この同意書面が多用されることで、日本の刑事司法において、証拠の主役は、長年、供述調書などの伝聞証拠でした。調書は、無理して法廷で朗読しなくても、裁判官が公判終了後に部屋でゆっくり読めばよいのですから、法廷は儀式化していきます。そして、自ずと刑事司法の中心は公判ではなく捜査ということになります。捜査段階にどれだけ詳しい調書を作成できるかで判決内容が決まるからです。こうして、警察官・検察官は、捜査段階で細かくて膨大な捜査記録を作成し、検察官はこれを公判で裁判所に提出し、裁判官がその記録をもとに緻密な判決を作成するという流れが出来上がります。「精密司法」と呼ばれるものです。以前、私はこの「精密司法」という言葉は日本のガラパゴス的刑事司法を揶揄する言葉だと思っていたところ、裁判官や検察官の多くがこの言葉を肯定的に捉えていると知って驚いたことがあります。いずれにせよ、この「精密司法」の下では、弁護人は蚊帳の外にいることが多くなります。しかし、弁護人自身が、検察官請求証拠に対し積極的に同意意見を述べてきたことにより、「精密司法」に協力してきたという側面も忘れてはいけないと思います。

 ところで、裁判員制度の導入によって、この調書中心の裁判を見直そうという動きが強くなってきました。裁判員裁判対象事件は、全体の事件の約2%に過ぎませんが、一般市民が裁判に参加することもあって、裁判所としてはどうしても対象事件を中心に刑事司法全体を考えざるを得ない状況にあります。裁判員裁判では、公判廷でのやり取りを通じて心証をとるものとされ、膨大な記録を裁判官と裁判員が部屋で回し読みするわけにはいきません。そのため、供述調書よりも証人尋問が重視される傾向となり、伝聞法則に忠実な裁判に転換するきっかけとなりました。他方で、検察庁を中心に調書裁判に押し戻そうという動きもあり、現在は過渡期にあるのではないかと感じます。

 最高裁の姿勢はかなり明確です。2013年5月2日、当時の竹崎博允最高裁長官が、憲法記念日を前に記者会見し、裁判員制度について「法曹が制度運営に慣れてきたためか、書面の比重が増えるなど従前の裁判への回帰がみられる。公判中心、口頭主義に徹することが必要だ」と強調したそうです(5月3日の毎日新聞朝刊)。このような最高裁の方針は、裁判員裁判が始まった2009年からわずか2年後の2011年ころ示されており、その後、全国の裁判所で、公判前整理手続の際、裁判官が、検察官に対し、供述調書ではなく証人尋問を請求するように働きかける場面が増えてきたようですが、以前では考えられないことです。

 裁判所としては、裁判員にとって分かりやすい公判中心の裁判という点にプライオリティがあり、他方、検察庁としては、従前の捜査中心の刑事司法を維持し自分達が主導権を握りたいという思惑があるようで、まるで司法権と行政権の綱引きのようにも見えます。他方、長時間の取調べによってとられた詳細な自白調書中心の調書裁判を変えたいという点では、同床異夢とはいえ、弁護士サイドも裁判所と歩調を合わせることができるはずです。ところが、現実には弁護士サイドでも意見は分かれており、あまり調書裁判を変えたくないという考えの弁護士も少なくないようです。弁護士が、証人尋問を回避したい理由は、尋問してもあまり効果を期待できないというものから、犯罪被害者を逆なですることを心配するものまで、様々なようです。確かに、何でも証人尋問でよいかというと、そう簡単なものではなく、悩ましい問題は残ります。しかし、少なくとも争いのある事件については、臆することなく、供述調書について不同意意見を述べ、証人尋問を実施させるべきだと思います。

 公判中心主義、口頭主義の徹底によって、刑事裁判における供述調書などの書面の価値は相対的に低下します。証拠として使えないのであれば、長時間の取調べにより時間と労力を費やして精緻な供述調書を作成する必要も薄れます。最終的には、取調べ目的の逮捕・勾留の短縮化にもつながる可能性を秘めているのではないかと思います。もちろん現実はそう簡単ではありませんが、せっかく調書裁判の歯車が逆回転し始めたのですから、弁護士として、この動きを止めるような活動はしたくないと考えます。

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