シリーズ「弁護人に問う」第3回〜なぜ勾留理由開示をしないのか

 勾留理由開示という手続があります(刑事訴訟法82条)。勾留されている被疑者・被告人は、裁判官・裁判所に対し、公開の法廷で、自分が勾留されている理由の開示を求めることができるというものです。憲法34条に「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」とありますが、勾留理由開示の手続は、この憲法に由来する被疑者・被告人の重要な権利です。

 司法統計によれば、平成25年における全ての裁判所の勾留状発付件数の合計は11万6181件でした。これに対し、全ての裁判所に対してなされた勾留理由開示請求の件数の合計はわずか695件であり、勾留状発付件数のわずか0.6%です。つまり100件に1件も勾留理由開示の手続がなされていないのが現状です。勾留理由開示請求権は憲法上の権利であるにもかかわらず、なぜこのような低い数値にとどまっているのでしょうか。

 これには、まず、弁護人の多くが勾留理由開示の手続をほとんど意識しないまま、捜査段階における弁護活動をしているという実態が関係していると思われます。もちろん、どの弁護人も憲法34条と刑事訴訟法82条を知らないわけではないでしょう。しかし、条文を知っているからと言って、直ちにそれを使いこなせるわけではありません。勾留理由開示の手続を一度も経験したことのない弁護士は、意外と多いのではないかと推察します。
 しかし、勾留理由開示請求は実に簡単です。A4の用紙1枚に宛先と日付を記入し、「被疑者○○に対する○○被疑事件について、勾留理由開示を請求する。」と記載し、あとは署名押印して提出するだけで完了です。

 次に、弁護人が捜査機関に対しどこか遠慮していることも原因の一つではないかと思われます。弁護士の中には全体的に「警察・検察を怒らせても仕方がない。」という姿勢の方もいるからです。確かに、勾留理由開示の手続は、警察官・検察官にとって鬱陶しい側面はあります。捜査機関は、捜査の途中で記録を裁判所に持っていかなければなりません。裁判官が勾留の理由を開示するため、事前に記録を読んでおく必要があるからです。この間、取調べも中断してしまいます。それに、被疑者が公開の法廷で何を言い出すか分かりません。要するに、勾留理由開示の手続によって、自分たちの捜査のペースを乱されるのです。
 しかし、捜査機関の顔色を窺いながら筋を通すこともできない弁護活動とは、一体何の意味があるのでしょうか。被疑者・被告人の正当な権利を堂々と行使するのに後ろめたさを感じる必要など全くありません。それに、私の経験上、捜査機関も弁護人がこのような手続をとる可能性があることは折り込み済みで、これに対して一々怒るようなことはせず、ましてや報復的に処分を重くするようなこともしないはずです。

 もう一つ、これが一番難しい問題ですが、どうせ勾留理由の開示を求めても,あまり意味がないという理由が考えられます。勾留理由開示の手続を初めて経験する弁護士は、誰しも、あの裁判官の木で鼻をくくったような態度に対し驚き、怒り、そして空しさを感じることでしょう。裁判官は、たいてい「一件記録から被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があると認められます。」と早口で棒読みし、「あとは捜査上の秘密に関わりますので、お答えできません。」と繰り返すだけです。もう少し何かを付け加える裁判官もいますが、この域を脱するものではありません。
 被告人と弁護人は、勾留理由開示の手続において、公開の法廷で意見を述べることができます(刑事訴訟法84条2項)。しかし、持ち時間は各自10分を超えることはできないとされています(刑事訴訟規則85条の3第1項)。そこで、裁判官の中には腕時計ばかり気にする人や、過去には書記官にストップウォッチで時間を測らせて、暗に「早く終われ」とプレッシャーをかけるような人もいました。勾留理由開示はこのような息苦しい手続になることが多いと思います。

 しかし、私は、それでも弁護人はもっと勾留理由開示の手続を求めていくべきだと思います。
 まず、勾留理由開示が被疑者の身体拘束からの解放に向けた弁護活動のヒントになることがあります。仏頂面の裁判官相手でも、検察官が勾留延長請求をする理由(被疑者取調べ未了等)を封じ込めるための手助けとなるような発言を引き出すことは、事件によっては可能と思います。準抗告申立の際、使えるでしょう。
 また、公開の法廷で被疑者に取調べの違法性・不当性を基礎づける事実を語らせることで、その後の取調べを適法・妥当なものに変えていくことができる場合もあります。これは比較的容易な手法だと思います。この段階で確信があれば、事件の内容について、被疑者に一定程度の事実を語らせる方法もあります。裁判官の面前で自由に述べたとされる発言ですから、証拠としての価値は高いといえます。これは密室の取調室で虚偽の自白調書をとられないための布石にもなります。
 さらに、連続して息苦しい勾留状態から、一時的とはいえ被疑者を解放することもできます。特に弁護人以外との接見を禁止されている場合には、傍聴席からですが、被疑者と家族とを対面させることもできます。

 日本の刑事司法においては、全体的に弁護人が本来活用すべき手段をとらないことが多いせいか、検察官が弁護人を与し易い相手と見て好き放題やり、裁判官も見劣りする弁護人よりそつなく振る舞う検察官のほうに肩入れをする傾向があるように感じます。勾留理由開示の手続が今の30倍に増えれば、色々なことがだいぶ変わるのではないかと思います。

【関連エッセイ】
第1回〜なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回〜なぜ黙秘権を行使しないのか

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