手錠・腰縄と着席位置の問題が遂に動き出した

 最高裁は、1月26日、各高裁と各地裁に対し「刑事裁判の法廷における被告人の戒護について」という事務連絡を発しました。

 これまで日本の刑事裁判の法廷では、被告人が勾留されている場合、被告人が手錠・腰縄姿で入廷・退廷し、法廷でその姿を晒されるという運用が当然のようになされていました。私も、初めて刑事裁判を傍聴した時、その光景がかなり衝撃的だったことを覚えています。逃亡を阻止したいという目的があるとはいえ、いかにも「犯罪者でございます」と言わんばかりの姿で晒し者にするのはおかしいのではないかと疑問を感じるとともに、冷たい手錠の金属音や家畜を引っ張るような太い綱を目の当たりにすると、傍聴人も国家権力の怖さを見せつけられているような感覚に陥るわけです。

 これが人権問題であるということは、主に弁護士サイドでかなり昔から議論されていたのですが、本格的にこれを変えようと動き出したのは2014年の大阪での出来事あたりからだったと思います。大阪で、ある被告人が手錠・腰縄姿を見られたくないといって出廷拒否し、弁護人がこれを支持して裁判所から制裁を受け、その裁判所の措置に対し弁護士会が猛反発したという事件がありました。その後、2018年に日本弁護士連合会でこの問題を本格的に取り組むプロジェクトが立ち上がり、2024年10月には名古屋で手錠・腰縄問題を取り上げたシンポジウムが開かれました。

 これまで、私も実際の法廷で、裁判所に対し、この手錠・腰縄姿を晒すのをやめるように働きかけをしてきましたが、裁判所が対処したのはわずか3件でした。多くの裁判所からはそっけなく「対処しません」と事前連絡を受けるだけでした。今思い出しましたが、2018年にこの問題をこのエッセイで取り上げたことがあったようです。

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 弁護士会・裁判所・検察庁の三者で集まる定例の会議でも、何度かこの問題を取り上げたことがありますが、裁判所の回答は、個々の裁判官の問題なので協議はしない、というものでした。何とか食らいついて回答を引き出そうとしても全く相手にされませんでした。私は、2021年実施の協議会の感想を弁護士会の会報に書いたことがあるのですが、それを読み返してみると、よほど悔しかったのか、次のように書かれていました。

「被告人の手錠腰縄姿を傍聴人等に晒す運用を改めるべく協議を申し入れたところ、裁判所が担当裁判官の法廷警察権に属する事柄であるとして協議に一切応じなかったというものである。
 しかし、果たしてこれは本当に個別案件の法廷警察権の問題なのだろうか。
 確かに、中には被告人の従前の言動等に鑑み逃走防止の観点から法廷警察権を行使して開廷直前まで手錠腰縄を外せないような事案も考えられるであろう。とは言っても、大半の事案においてそのような事態は現実問題としてあり得ない。
手錠腰縄問題は、どの裁判にも共通する人道上の問題であり、被告人の入廷から退廷までの一連の手続の原則形態をどのようにしていくのかという、まさに一審強で協議するのに相応しい議題だったはずである。
 思えば、私たち法曹は、被告人が手錠腰縄姿で晒される光景を当たり前のこととして受け容れてきてしまった感がある。初めて裁判を傍聴したとき、誰もが手錠腰縄姿の被告人を見て少なからず衝撃を受けたはずであるが、いつの間にか、その記憶は薄らいでしまったのかも知れない。
 私は、一昨年から昨年にかけて、浜松において長期間の裁判員裁判を経験した。裁判所は、弁護人の申入れに応じ、一昨年は出入口付近に衝立を設けて傍聴席から見えない状態で手錠腰縄を外すようにし、昨年は傍聴人を入れる前に被告人を入廷させ手錠腰縄を外した後に傍聴人を入れるようにした。この裁判では被害者参加もあったが、裁判所は、毎回、参加人より先に被告人を入廷させ、参加人にも手錠腰縄姿を見せないようにした。この点において、裁判所は非常にフェアであった。
 私には、浜松の裁判所がとった配慮がさほど難しいことのようには見えなかったが、ほとんどの裁判所は、手錠腰縄が現に問題とされていることを熟知しながら、浜松のような配慮をすることなく、漫然と被告人の手錠腰縄姿を法廷に晒している。
 浜松のような法廷を何十期日も経験し、ひとたびそれが当たり前の光景になると、その後、再び手錠腰縄姿を晒す「普通の」法廷に戻ったとき、それが非常にグロテスクな光景に見える。人をまるで家畜のように引きずり出すとは、自分がいるのは、一体どこの野蛮な世界なのかと思う。
 手錠腰縄問題を通じて、日本社会はその文明の程度を問われており、これから一層、内外からの注目を浴びることであろう。裁判所は、今回は見て見ぬふりをしたが、今後もこのままこの問題を放置できるとは思えない。近い将来、『昔は日本でもそんなひどいことがされていたのですね。』と言われる日が必ずやって来るはずである。」

 今回の最高裁の通知を読むと、具体的な運用のイメージにも踏み込んでおり、また、被告人を裁判所に連れていく警察サイドや拘置所サイドともかなり協議した形跡があります。主に、入廷・退廷時に入口のところに衝立を置いて傍聴席から見えないようにして解錠する方法と、手錠・腰縄姿のまま入廷して解錠した後に傍聴人を入れる方法がありますが、今回は前者を採用するようです。傍聴人からは手錠・腰縄姿は見えないが裁判官からは見えることが前提のようで、課題は残るものの、大きな前進であることには間違いありません。最高裁の中にこういった取組みをする人がいたというのは驚きであり、心強いことでもあります。

 この通知を踏まえ、これから各地で運用に向けた協議が本格化するはずですが、被告人側から見た現場を知る弁護士会からもその協議に参加し、より良い仕組みを作ることができればと思います。

 もう一つ、この通知には「被告人の着席位置について」と書かれた項目もあります。「裁判体の求めがあれば、弁護人席の隣とする。ただし、戒護上の問題など特段の支障がある場合は協議する。」とだけ書かれているのでわかりにくいのですが、おそらく、法廷で被告人が弁護人の隣に座るという運用がさらに拡大するのではないかと思われます。

 現在、在宅、保釈中の事件については問題なく被告人は弁護人の隣に座ることができます。しかし、勾留中の事件については、裁判員裁判を除いて、なかなかこれが実現しません。裁判員裁判では、当然のように弁護人の隣に座ることができるのに、なぜそれ以外の事件ではできないのか。裁判官に尋ねても、場所が狭いとか、拘置所が了解しないといったような話に終始し、きちんとした回答が来ることはありませんでした。この点も、もしかすると大きく変わるかも知れません。2014年にこの問題をこのエッセイで取り上げたことがあったようです。

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