手錠・腰縄問題

 勾留されている被告人は、手錠をはめられ、腰縄を巻かれた状態で、拘置所職員に連れられて法廷に入ってきます。裁判官が法廷に入って解錠等の指示をするまで、被告人は手錠・腰縄の姿で座っています。法廷は一般に公開されますので、被告人は手錠・腰縄の姿を一般人に晒していることになります。

 初めてこの光景を目の当たりにした傍聴人の多くは、少なからずショックを受けるようです。リアルに手錠をかけられ、家畜のようにひもに繋がれた人間に非日常を感じるのでしょうか。それとも、手錠・腰縄で身動きがとれない人間を目の当たりにして、国家権力を畏怖するのでしょうか。いずれにせよ、傍聴人が被告人の家族等近しい人だったとしたら、そのショックはさらに大きいと思います。

 私も最初この光景にショックを受けたはずですが、今では当たり前過ぎて、どこか感覚が麻痺していると自覚しています。しかし、あらためて考えると、この手錠・腰縄ほど、人に屈辱感を与え、人格の尊厳を傷つける儀式はそうそうないと思います。いかにも「罪人でございます」という光景は、無罪推定とも相容れないものがあります。

 手錠・腰縄が一般の人にどう映るかについては、弁護士だけでなく、裁判所や検察庁も薄々感づいているのでしょう。現に裁判員裁判対象事件の公判廷では、裁判官と裁判員が入廷する直前に法廷外にいる裁判官が法廷内の書記官に内線電話をかけ、入廷前に手錠・腰縄を解除させています。裁判員は手錠・腰縄の被告人を目にしないわけです。裁判員裁判対象事件でやれることが、対象外事件でやれないはずがありません。

 手錠・腰縄の問題以外にも、被告人がネクタイ・革靴を着用したり、弁護人席の隣に着席したりする運用も少しずつ改善されつつあります。女性の被告人については、化粧せずに入廷を強要してよいのかという問題もあります。裁判員裁判対象事件以外でも、弁護人が積極的に申し入れれば、裁判所が動くこともあります。

 ところが、弁護人の中には、あまり問題意識のない人も多くいます。例えば、家族等の情状証人に対し、被告人の手錠腰縄姿を見てショックを受け事の重大性を思い知ったなどという証言を引き出そうとする人もいます。普段から法廷での手錠・腰縄そのものが問題だと考えていれば、そのような尋問はできないはずです。

 この点について、昨年12月1日、近畿弁護士会連合会で興味深い決議がなされました。最後に引用します。このような運動は個々の弁護士では限界があるので、弁護士会、弁連、さらには日弁連で問題提起し、運動を大きくしていく必要があると思います。

 刑事法廷内における入退廷時に被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める決議(近畿弁護士会連合会)

 当連合会は、被告人の個人の尊厳の保持及び対等当事者としての地位、無罪推定の権利並びに防御権の保障・確保等のため、各裁判官、各刑事施設の長、各留置業務管理者に対し、被告人が逃走・自傷・他害・器物損壊等の行為を行う個別・具体的なおそれがない限り、刑事公判が開かれる法廷内において、審理中のみならず、被告人の入廷時及び退廷時にも、刑務官及び警察の留置担当者が、被告人に手錠及び腰縄を使用しないことを求めるものである。私たち弁護士・弁護士会も、これまでこの問題に対して十分に自覚的ではなかったことを省みて、被告人の入廷時及び退廷時にも、手錠及び腰縄が使用されることのないよう、弁護活動に努める決意を表明するものである。
http://www.kinbenren.jp/declare/index.php

【関連エッセイ】
なぜ被告人を隣に座らせないのか

目次