取調べ同行の取組み

ここ数年、私の仕事の中で相当部分を占めるのが、取調べ同行の取組みです。典型的には、弁護人選任届を提出し、警察官や検察官と日程調整の上、逮捕・勾留されていない依頼者と一緒に警察署や検察庁に同行し取調べに対応するという取組みです。依頼者と同行したものの、結局、取調べの際に黙秘してすぐに帰ってくることもありますが、中には捜査機関との細かなやり取りを重ねながら一日仕事になることもあり、これが何日も続くと、相当なボリュームの仕事となります。

ところで、現状、日本のほとんどの捜査機関は、弁護人が取調べへの立会いを要求しても、当然のようにこれを拒否し、弁護人を取調室に入れようとしません。刑事訴訟法には弁護人を立ち会わせてはならないなどと一言も書かれておらず、これを否定するような文脈の条文はどこにもないのですが、多くの捜査機関は、法律上の根拠がないから立会いはできませんなどと当然のことのように言ってくるので、毎回、私は、そのような警察官や検察官に対し、今の日本の運用がいかに時代遅れでグローバル・スタンダードから逸脱したものであるのかを説明し、立会いが実現するよう粘ってはみます。しかし、私の経験上、少なくともここ10年以上、取調べへの立会いが実現したことはありません。昔、県外の警察で取調べに立ち会ったことがありますが、残念ながらレアケースと言えます。

かくして、私は依頼者と一緒に警察署や検察庁に出向くものの、一人だけ取調室から締めだされ、待合室やエレベーターホールの前でずっと待たされることになります。しかし、その場合もただ待つだけではなく、依頼者を送り出す前、必ず依頼者の面前で取調官と言葉を交わすよう心がけ、事案に応じておおむね次の3つのバリエーションで進めていきます。

1つ目は、否認事件などで完全黙秘が必要と思われる場合です。この場合、担当取調官に対し、最初から黙秘する方針であること、黙秘する以上どれほど長くても10分程度で切り上げて帰る予定であること、10分以上経過しても外に出てこなければ、私から担当取調官に連絡して依頼者を外に出すよう求めること、などを告げます。警察官も検察官も、任意の取調べであること、すなわち依頼者がいつでも自由に退出できることを否定できませんので、このような最初のやり取りで口論になることはほとんどありません。
稀に「それでは取調べの意味がない」とか「何度も呼び出すことになる」などと強い口調で私や依頼者を威嚇する警察官にも出会いますが、刑事訴訟法の建て付けを丁寧に説明すればほとんどの警察官は理解してくれます。なお、短時間で帰って来ることがわかっているのに、敢えて取調べのために出頭するのは、そうすることによって逮捕のリスクを減らすためです。日本の裁判所は、驚くべきことに、任意の取調べの出頭要請に応じない被疑者について、罪証隠滅・逃亡など逮捕の要件を満たすものとして、逮捕令状を発付することがあります。しかし、警察署に出向いて取調べに応じる姿勢を示せば、そのような逮捕令状の発付を回避できる可能性が高まります。

2つ目は、依頼者の主張を捜査機関に伝えつつ、弁護人が立ち会った場合に近い水準の弁護活動を目指す場合です。完全黙秘とはいかないまでも、一つずつ丁寧に事実関係を確認しながら進めるべき事件ではこのような方針を取ります。この場合も私は取調室の外に締め出されるので、事前に、担当取調官と依頼者の目の前で次のような約束をします。まず、取調室に入った後、依頼者は取調官からの質問を聞いて、できればメモを取り(メモを取ることを許容しない取調官も少なくありません。)、回答をする前に取調室から出てきてもらいます。その後、私と依頼者は外で打合せをし(もちろん取調官はその場にいません。)、質問に対しどのように回答するかを決め、依頼者は一人で取調室に戻ります。依頼者は取調官に対し打合せで決めた回答をした上で、再び、取調官から次の質問を受け、回答をする前に再び取調室から出ます。そして、私と打合せをし、回答を用意して取調室に戻ります。あとはその繰り返しです。これは非常に回りくどい方法で時間がかかりますが、依頼者がきちんとこのように対応できそうな方であれば、弁護人が立ち会った場合とほぼ同じ効果を得られます。
私の経験上、この際に依頼者がメモを取れるか否かが大きな鍵を握っています。メモを取ることができれば、依頼者の曖昧な記憶に頼った打合せをする必要がなくなるからです。なお、一連の取調べの最後に供述調書へのサインを求められることがありますが、これは基本的に拒否することになります。なぜならば、ほとんどの捜査機関は、弁護人に供述調書の内容を確認する機会を与えないからです。そこで、私は、取調官に対し、弁護人に供述調書を確認させない以上、サインはしないということを告知します。この場合、最近の取調官は感情的になることなく「あ、そうですか」などと答え、反発を受けるようなことはほとんどありません。昔に比べ、取調官の調書作成への執着は薄れてきたように思います。これは、先進国の中で異質ともいうべき日本の非効率的で冗長な取調べを減らすことにもつながり、良い傾向だと思います。それに、文章は読み手によって解釈が変わるデリケートなものですから、依頼者が納得しているからといって、弁護人が自分の目で確認することなく安易にサインを許容することはすべきではありません。ちなみに、少数派ですが調書の内容を弁護人に確認させてくれる警察官・検察官もおり、その場合には依頼者と打合せの上、安心してサインすることができます。

3つ目は、基本的に全ての事実関係を認めていて、最大の関心事がもっぱら公判請求か略式請求か起訴猶予かという事件の終局処分にある場合です。このような場合には、概ね30分ごとに依頼者に取調室の外に出てきてもらい、取調べの方向性を確認しながら、取調室でのやり取りは依頼者に任せます。ただし、供述調書作成の際にはやはり慎重な対応が必要です。特に検察官による取調べは終局処分に直結するので、私が直接、検察官とやり取りしながら方向性を把握するよう努め、依頼者にとって何が最善の方法かを探っていきます。

取調べの立会い問題は、過渡期なのだと思います。私たち弁護士の取組みが法改正のきっかけとなり、近い将来、必ずや弁護人の取調べ立会いが当たり前となる時代がやってくるでしょう。そして、膨大な時間の取調べが消え、いつか「昔は弁護人の立会いも認めない酷い取調べがあったんだね」と言える日がやって来ると信じています。

鬼頭治雄

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