裁判員裁判(1)

 先日、裁判員裁判の弁護人を担当しました。私にとって、初めての経験でした。今回は、裁判所から選任される国選弁護人であり、私ともう一人、若手弁護士一名の計二名による弁護態勢でした。

 事件は、若い男性が、他の人たちとともに、覚せい剤の密売人を襲ってケガを負わせ、覚せい剤やお金などを奪ったとして起訴された強盗致傷事件です。この事件では、彼に「共謀共同正犯」が成立するのか「従犯」が成立するのか、という刑法の難しい問題が争点となりました。検察官が重い「共謀共同正犯」の主張をし、弁護人が軽い「従犯」の主張をしました。裁判員裁判では、「責任能力」「殺意」などの難しい法律概念についても、一般の人である裁判員がきちんと理解できるように、分かりやすい審理が求められます。「共謀共同正犯か従犯か」という争点も、この難しい法律概念の一つとされています。

 裁判員と一番長く接するのは裁判官ですから、これを分かりやすく説明するのは、主に裁判官の仕事といえるでしょう。裁判でどのような評議がなされたのかは分かりませんが、おそらく、説明する裁判官にとっても、説明を受ける裁判員にとっても、非常に大変な仕事だっただろうと想像できます。判決では、弁護人の主張が採用され、彼は「従犯」とされました。

 朝から夕方まで連日審理が行われ、夜中まで次の日の準備がありましたので、私たち弁護人にとっても、なかなか大変な1週間でした。しかし、刑事裁判のことをおそらくほとんど知らなかったであろう一般の人たちが、裁判員として1週間ぶっ続けで真剣に裁判に携わって結論を導くという過程には、非常に頭の下がる思いでした。

 しかし、私が最も感動したのは、彼が、審理の最後に法廷で述べたひと言です。この最終陳述のとき、有罪を認めている被告人の場合は、たいてい「申し訳ありませんでした」という反省の弁を述べることが多いと思います。しかし、今回の彼は、色々と思うところがあったのでしょう、裁判員を含む法廷の全ての人たちに対し、「1週間朝から晩まで自分のために時間をかけて頂き、ありがとうございました。皆さんの気持ちに応えるためにも、もう犯罪はやりません」という趣旨の発言をしたのです。今までの裁判では、このような発言はあまり考えられなかったと思います。裁判官も弁護人も検察官も、それが職業であり、時間をかけるのは、ある意味、当然だからです。私は、彼の発言を聞いて、彼の成長を実感するとともに、裁判員裁判の積極的な意義を見出すことができたように思います。

 私は、今でも裁判員制度は弁護人にとっても非常に問題が多く、決して手放しで喜べるような制度ではないと考えています。しかし、今回1件目を担当して、裁判の民衆参加という方向性自体は間違っていないと実感しました。これからも、この分野に携わっていきたいと思います。

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