ワシントンD.C.(その3)

各機関を訪問する前に、連邦制について講義を受けたのですが、これが後々の理解の助けになりました。

連邦国家においては、連邦法はありますが、各州における州法も併存しています。裁判所に関しても、連邦の地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所はありますが、各州にも地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所があるのです。IPCA(国境を越えた子の連れ去り)は、家族法の問題でもあり、連邦法の問題でもありますので、州の裁判所でも、連邦の裁判所でも取り扱うことができます。

国境を越えた子の連れ去りが生じると、他国にいる子どもの所在をつきとめる困難さがあります。所在を転々としたり、小さい子どもであれば本来の性別と異なる服装をさせたり、様々な届出をしなかったりということもあります。また、ハーグ条約の加盟国であれば、他国の裁判手続に訴える手段がありますが、非加盟国であればそれもできません。実際、日本がハーグ条約を締結する前に、子を連れてアメリカから日本に戻った日本人母に対し、アメリカ人父が子の返還を強く求めているという現実があります。また、ハーグ条約締結後の案件についても、日本の対応が注視されているのです。

このように、子の連れ去りにあたっては、いかに早く子の所在を把握して対応するか、そもそも連れ去りを予防することが大切になるというわけです。

国務省(DOS)では、連れ去り予防のために、親の申請により登録された18歳以下の子どもについてパスポートの申請がなされた場合、他方の親の同意があるのかどうかを照会する制度を実施しています。また、連れ去りが生じてしまった場合には、当事者と接触して自発的解決を促し、調停(mediation)や弁護士を紹介する、面会交流を促進する等の支援を行っています。これは、日本の外務省も同様です。

また、司法省(DOJ)は、子の連れ去りという罪を犯した親を訴追する権限を背景に、子の返還に重点を置いています。

そして、子の所在把握に大きな役割を果たしているのがNCMEC(National Center for Missing and Exploited Children)です。親や親族による国内・国外の子の連れ去りだけではなく、第三者による誘拐や人身売買などにより行方不明となった子ども全般の調査を担っているNPOです。幼い自分の子どもが誘拐され、殺されてしまったジョン・ウォルシュさんが設立した組織です。驚いたのが、1995年から2008年まで、このNCMECが、現在の国務省と同じ役割を果たしており、それを国務省が引き継いだという経過です。現在もコールセンターを設置して、行方不明の子どもに関する情報を収集しています。子の所在調査のため、公共のデータベースにアクセスすることもできるとのことでした。膨大なノウハウを蓄積しており、弁護士やカウンセラー、ソーシャルワーカー、警察官に対してのトレーニングを行い、裁判事案の法律問題について、裁判所に意見書を提出する活動も行っています。

行方不明の子どもたちの顔写真が紙媒体に掲載されているのは、日本人的感覚からすると衝撃だったのですが、子どもたちを見つけ出すのには効果的なのだそうです。ワシントンD.C.以後も、各地で様々なNPOを訪問したのですが、アメリカ合衆国では、NPOが行政機関と連携しながら、また連邦や州から援助を受けて、広範な活動をしていることが印象的でした。これらNPOが提供するサービスを利用する場合、ほとんど利用料は無料のようでした。政府に頼らない自助の精神や、慈善やチャリティーの精神が土台にあるからだろうかと思いました。

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