身体拘束からの解放を目指して(1)

 弁護士として、刑事弁護、特に身体拘束(逮捕・勾留)からの解放を目指す活動をしていると、しばしば困難な問題に直面します。

 犯罪には、重大さ・悪質さ等に応じて刑罰(法定刑)が定められます。死刑が定められている犯罪は殺人罪等のごく一部の重い犯罪で、大半の犯罪には懲役刑が定められています。他方、軽微な犯罪には、少額の罰金刑が定められており、懲役刑は定められていません。少額の目安とは、だいたい最高30万円です。このような軽微な犯罪は、刑法には、過失傷害罪(209条)等、数えるほどしか定められていません。過失傷害罪とは、うっかりして他人に怪我をさせてしまった犯罪ですが、典型的な自動車事故には「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」という別の法律が適用され、業務による事故には業務上過失致傷罪(211条)が適用されますので、過失傷害罪が適用される場面はそれほど多くありません(ただし、民事上の賠償責任を厳しく追及される可能性は十分あります。)。

 刑法以外の特別法にも、最高30万円以下の罰金が定められた軽微な犯罪はあります。もちろん私は全ての法律を知っているわけではないので、感覚的な話になってしまいますが、この種の犯罪の多くは、例えば、公的機関に正しくない届出をしたとか、無許可で営業をしたといったものが多いようです。これらも確かに犯罪は犯罪で、見過ごすものではないのですが、それにしても、窃盗、詐欺等一般の刑法犯に比べれば、それほど悪質とは言えないものです。当然ですが、刑罰の重さは、犯罪の悪質さの程度に応じて定められているからです。

 このような軽微な犯罪について、被疑者本人が既に事実を認めていて、罰金を支払う用意があるにもかかわらず、裁判官は、通常の犯罪と同様、被疑者の勾留を認めることがあります。そして、弁護人が準抗告申立(不服申立)をしても、例えば「関係者に働きかける」とか「全容が解明されていない」等といった理由を添えて、罪証隠滅を疑うに足りる「相当な理由」があるとして、勾留を維持します。決定を読むと、裁判官のいう「働きかけ」とは、被疑者は上限額の30万円を現に用意しているけれども、思い直して罰金額を少しでも減らそうとして口裏合わせをするという意味のようです。「全容の解明」といいますが、単純な犯罪事実の認定以外の「全容」とは一体何でしょうか。仮に、その「全容」があるとして、それは被疑者を勾留し続けなければ解明できないような性質のものなのか、私には決定の真意を理解することができませんでした。このような軽微な事件について、私は、ここ2、3年の間に複数回、同様の経験をしました。これが「実務感覚」なのでしょうか。

 ところで、刑事訴訟法60条3項には、30万円以下の罰金等に当たる犯罪については、被疑者・被告人が住居不定の場合以外、勾留することはできないと定められています。ただし、ややっこしいことに「30万円」の次にはかっこ書きがあります。すなわち、特別法については、当分の間、2万円という趣旨の記載があるのです。物価の上昇に合わせて、様々な犯罪について罰金額を引き上げてきたのですが、日本には膨大な数の法律がありますので、引き上げ作業が完了していない法律もあることを踏まえ、そのような引き上げの法整備ができるまで「当分の間」は、2万円以上の罰金が定められている犯罪について、住居不定以外の場合でも勾留することができる、としたものとされています。ですから、この法の趣旨に照らせば、ある犯罪が、現在の物価水準に照らし、30万円以下の罰金に相応しい軽微な犯罪であれば、本来は、住居不定の場合以外、勾留は認めてはならないと考えてよいはずです。ところが、この「当分の間」があるため、現実には罰金刑が定められた特別法のほとんど全てについて、あっさり勾留が認められてしまうという現実があります。

 ちなみに、このかっこ書きが設けられたのは、平成3年(1991年)、今から24年も前のことです。「当分の間」とは、一体何十年間を指すのでしょうか。せっかく刑事訴訟法が、軽微な事件について、勾留を抑制的に定めているにもかかわらず、この条文はほとんど生かされていません。他の特別法がきちんと整備されていれば、このような決定はなくなるはずですが、「当分の間」がいつ終わるのか、皆目見当がつきません。特別抗告をしても、立法政策の問題と言われて三行半です。要するに、法律が変わらない以上、どうしようもないということなのでしょう。

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