刑事弁護を続ける

 弁護士の仕事は、非常におおざっぱに分けると民事弁護と刑事弁護の2つになります。司法試験の科目は民事と刑事の両方がありますし(他にも公法という科目があります)、法律家の卵を育てる司法修習でも、民事と刑事の弁護科目をバランス良く教えています。一般にも、弁護士というと民事と刑事の両方の弁護をやるというイメージがあるのではないでしょうか。

 ところが、多くの弁護士、特に経験と実績を積んだ弁護士になればなるほど、刑事弁護を敬遠する傾向があるように思います。若手弁護士の中には熱心に刑事弁護に取り組んでいる人が結構多いのですが、本当は是非ともその経験と実績を役立ててほしい中堅以上の弁護士の刑事弁護離れは、かなり進んでいるようです。

 その理由は様々だと思いますが、一つ大きいのは刑事弁護がどこか虚しいということでしょう。熱心に刑事弁護をやってみると、誰もが一度は痛感するはずです。警察・検察や裁判所という圧倒的な国家権力の前に、民間の一弁護士がいかに無力かという現実を。警察・検察は被疑者を逮捕・勾留して四六時中監視し、自宅等をくまなく捜索し、充実したスタッフや最新鋭の機器を使って証拠を積み重ねていきます。これに対し、弁護士個人(弁護人)には何の権限もありません。

 警察や検察だけではありません。裁判に進んだ後も、弁護人の苦労は続きます。公平であるべき裁判官の中には、普段から非常に高圧的で弁護人の言うことなど聞く耳を持たないという人が少なくありません(もちろん尊敬できる裁判官に出会うこともあります。)。刑事事件というのは、検察が立てたストーリーに合理的な疑いが生じ、少しでも崩れれば、弁護人の主張が通るはずです(「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則)。ところが、実際にはなかなかそうはいかず、非常に不可解な理由で検察の主張が通ってしまうことが少なくありません。

 このような刑事弁護の実態をみると、経験と実績を積んだ弁護士ほど、やりがいを感じなくなるのでしょう。刑事弁護でわざわざ嫌な思いをしなくても、自分の弁護士としての能力を正当に評価してくれる民事弁護をやり、依頼者に喜んでもらったほうが良い。そう考えるのはごく自然なことだと思います。

 それでも、私はやはり刑事弁護を続けていきたい。私自身、もともと刑事弁護がやりたくて弁護士になったという経緯もありますが、実際に弁護士になってみて、今の刑事弁護の絶望的な状況を少しでも打ち破っていきたいと思うからです。そして、目の前の被疑者・被告人に会うと、無実を訴える人はもちろんですが、犯罪を犯してしまった人についても、何とかしてその人の半生を浮き彫りにし、裁判を通じて、今後の人生の糧にしてほしいと思うからです。

 最後に、厳しい刑事弁護を経験することは、実は民事弁護にも役立っています。圧倒的な力を持つ警察・検察に比べれば、民事事件の相手方代理人はとても親切に感じます。少なくとも、民事の相手方とは基本的に対等な立場で勝負ができます。「刑事事件に比べれば」と思うと、自信を持って民事の裁判に臨めます。私は、このようなことを考えながら民事事件に取り組むこともあります。