シリーズ「弁護人に問う」第12回~なぜ控訴をするのか

 このシリーズ「弁護人に問う」も控訴審にやってきました。今回を最終回とします。

 さて、第一審判決に不服がある場合には控訴をすることができます。通常、弁護人は、判決後に被告人と打合せをして、控訴をするかどうかを決めることになります。日本の裁判所は三審制をとっているのだから、別の裁判官に裁判をやり直してもらえば、必ず結論が変わるはずだ。そのような思いで、判決に不服のある被告人は控訴を強く希望するはずです。

 このような被告人に対し、弁護人としては、控訴をするかどうかについて的確なアドバイスをしなければなりません。控訴はしたものの控訴棄却となって敗訴すれば、結果的に裁判が長引いてしまい、勾留中の被告人にとっては社会復帰が遅れることにもなり兼ねません。控訴をすることに消極的になってはいけませんが、やみくもに控訴をするというわけにもいかず、一定の慎重さは必要だと思います。

 この点、刑事裁判の控訴審が事後審とされていることを無視するわけにはいきません。事後審とは、上訴審が自ら審理を継続して新たに心証を形成するのではなく、原審(第一審)の訴訟記録に基づいて原判決(第一審判決)の当否について事後的に審査するという審理方法のことです。やや語弊はありますが、刑事裁判における控訴審は、第1ラウンド(第一審)に続く第2ラウンドをやるのではなく、第1ラウンドの判定が正しかったかどうかをリングの外で再検討するものです。民事裁判の控訴審が続審とされ、第2ラウンドに突入するのとは大きく異なります。そこで、弁護人は、第2ラウンドに期待するのではなく、第1ラウンドの不当性を説得的に論証できるかどうかという観点から、控訴審の見通しを立てなければなりません。

 ところで、最近、控訴審の事後審化が広く指摘されており、統計上も顕著です。司法統計によれば、平成15年の全国の控訴事件8875件(被告人側8711件、検察官側214件)のうち、第一審判決が破棄されたのは1310件(14.8%)ありましたが、平成25年の全国の控訴事件6108件(被告人側6038件、検察官88件)のうち、第一審判決が破棄されたのは569件(9.3%)にとどまりました。第2ラウンドに進むことができる続審より、第1ラウンドが誤っている場合にだけこれを是正するという事後審のほうが、通常、破棄率は低くなるものと考えられます。控訴審に関する刑事訴訟法の条文は大きく改正されていないので、変わったのは運用ということになります。

 控訴審の事後審化が進んだ理由としては、裁判員制度の影響がよく指摘されます。確かに、一般市民が裁判に参加するという点で民主主義的側面をもつ裁判員裁判については、特に第一審を重視しこれを尊重するという要請が強く働くものとされます。そうすると、第一審が裁判員裁判であった場合、裁判官だけで構成される控訴審裁判所は、第一審をできるだけ尊重しなさいということになり、より事後審に徹することになりそうです。確かにそのとおりではあるのですが、他方で、裁判員裁判対象事件は全事件のわずか2%程度ですから、裁判員制度だけでこの控訴審全体の変化の説明はつかないようにも思います。

 私は、平成13年6月に司法制度改革審議会意見書が出された頃から、裁判員制度と同時並行で控訴審のあり方についての研究が裁判官と検察官の実務レベルでそれぞれ進行し、その過程で、従来は続審的要素も加味しながら比較的柔軟に運用してきた控訴審を、従来の法解釈を再確認しつつ徹底した事後審にする方向でまとまったのではないかと推察します。このことは、破棄率の低下だけでなく、上記統計のとおり検察官控訴が大幅に減少したことからも窺い知ることができます。つまり、裁判所だけでなく、検察庁も控訴審の事後審化を強く意識しており、検察官控訴には抑制的になりました。以前に増して第一審重視の傾向が強くなってきたと実感します。

 他方で、誤判救済の観点からすれば、弁護人として控訴審の事後審化は決して歓迎すべきこととは言えません。しかし、少なくとも検察官と裁判官の問題意識をよく知らないまま従前のスタイルで漫然と弁護をするわけにはいきません。ベテランの弁護士から「昔の控訴審は事実の取調べをよくやってくれ、被告人質問も十分にやってくれた。今は不親切だ。」という嘆き節を聞くことがあります。しかし、運用が大きく変わった以上、弁護人としては、この事後審化の流れの中で、どのように控訴審の弁護をするのかを常に考えていかなければならないと思います。

 第一審の訴訟記録に基づいて第一審判決の当否を審査するという事後審の性格上、第一審判決のどこがどのように誤っているのかを的確に指摘することが最も重要な弁護活動です。控訴審においては、控訴趣意書の良し悪しでほとんど全てが決まると言っても過言ではありません。控訴審の裁判官は、控訴趣意書を読みながら第一審判決に誤りがないかを検討するのですから、これは当然のことです。控訴審は今でも書面審理の世界です。なお、弁護人は控訴趣意書を指定された最終日までに差し出さなければなりませんが(刑事訴訟法376条1項)、この時点で一通りの控訴理由を述べておく必要があります。最終日より後に補充書を追加すればよいという考えもあるようですが、通常、裁判所は、控訴趣意書を受け取った時点で合議を開始するようですから、補充書では間に合わないと思われます。補充書を検討するくらいであれば、むしろ差出最終日の延長を裁判所と協議すべきです。

 ところで、控訴趣意書には、取っつきにくいイメージがあるかも知れません。まとまった分量の文章を作成しなければならないからです。しかし、控訴趣意書は、基本的に次のようなパターンになるはずで、それさえ意識すれば書き始めること自体はさほど困難ではないように思います。「原判決は○○と認定(判断)した(ここでは淡々と原判決を引用するにとどめ、弁護人の評価を加えるべきではありません。正確に引用しなければ控訴趣意書の信頼性に疑問が生じるからです。)。しかし原判決の認定(判断)は誤っている。理由は次のとおりである。このことはこの証拠から認められる。」あとはこのパターンに従って、訴訟手続の法令違反(刑事訴訟法379条)、法令適用の誤り(同380条)、量刑不当(同381条)、事実誤認(同382条)等の控訴理由を明記し、条文を意識しながら該当する要素を丁寧に抜き出していきます。それと同時に、事件によっては、事実の取調べを求めたり、第一審判決後の情状事実(示談等)を指摘したりします。

 最後に、検察官控訴について書きます。検察官は、無罪、量刑が求刑の半分以下となった事案、死刑求刑で無期懲役になった事案等に対し、上級庁との会議を経て控訴します。被告人側控訴の場合の破棄率はせいぜい1割程度であるのに対し、検察官側控訴の破棄率は概ね6~7割に及びます。当然、控訴審裁判所も、検察官控訴の高い破棄率を意識しながら審理に臨んでくるはずです。弁護人のプレッシャーは相当なものです。私は、第一審が無罪になった事案については、既に合理的な疑いが生じたのであって、これに対する検察官控訴を許容する現行制度はおかしいと率直に思います。しかし、それはさておき、現実問題として検察官控訴がされた場合は、弁護人としては、これに対して全力で闘う必要があります。

 といっても、検察官控訴の場合、まずは検察官の控訴趣意書の差出を待つしかないのが現状です。そして、控訴趣意書が差し出されたら、質量ともにこれを圧倒する内容の答弁書を提出したいところです。答弁書は控訴趣意書謄本の送達を受けてから7日以内に提出するものとされていますが(刑事訴訟規則243条1項)、期間が短過ぎて現実的ではないので、通常、裁判所と協議して提出期限を決めることになります。

 しかし、どうしても検察官控訴の事件は後手後手に回ってしまう印象があります。そこで、第一審判決が全部無罪でなかった事件については、被告人側も控訴しておき、双方控訴の事案として、弁護側からも積極的に控訴趣意書を差し出していくという戦略も考えられます。例えば、第一審が死刑求刑で無期懲役判決となり、検察官が控訴をした事案では、このような双方控訴の戦略が、量刑を争う上で有効な場合もあると思います。

 以上、控訴審の弁護について簡単に述べました。これでシリーズ「弁護人に問う」は終わりますが、またしばらくしたら刑事弁護について何か書いてみようと思います。取り留めのない文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

【関連エッセイ】
第1回~なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回~なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回~なぜ勾留理由開示をしないのか
第4回~なぜ示談できないのか
第5回~なぜ証拠開示をしないのか
第6回~なぜ検察官の主張立証を固めないのか
第7回~なぜ不同意意見を述べないのか
第8回~なぜ予定主張を明示するのか
第9回~なぜ被告人を隣に座らせないのか
第10回~なぜ異議を申し立てないのか
第11回~なぜ弁論をするのか
高等裁判所という所

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