裁判員裁判(3)

 先日、3件目の裁判員裁判を担当しました。今回も2名の国選弁護人による弁護です。自分の弟を包丁でメッタ刺しにして殺したという、私と同年代の男性が被告人でした。

 この事件では、彼が殺人事件をおこしたこと自体は間違いありませんでしたが、彼の事件当時の精神状態には問題がありました。医学的には「境界型人格障害」と呼ばれる精神障害です。この精神障害が量刑にどのような影響を及ぼすのか。裁判員裁判で、この点をどのように裁判官や裁判員、そして最終的には彼自身に理解してもらうのかという難しい問題がありました。

 私たちは精神科医に相談し、当時の彼の精神状態に関する意見書を作成してもらいました。大変緻密で説得的な内容だったのですが、専門用語が多用されていたため、声に出して読んでみると、大変理解しにくいものでした。数十頁の意見書をそのまま法廷で朗読しても、その内容を正しく理解してもらうのは非常に困難です。

 そこで、私たちは、意見書を大幅にカットして必要最小限の部分だけを朗読するとか、私たち弁護人が意見書の内容を平易な言葉に置き換えて要約するといった方法も考えてみました。しかし、必要最小限の部分だけでは具体性に欠けてかえって理解しにくくなりますし、だからと言って私たち医学の素人が意見書を要約するのではどうしても不正確になってしまいます。

 私たちは色々と考えた結果、その精神科医に証人として法廷に来ていただくことにしました。医師にとって、ただ意見書を作成するだけでなく、何度も事前に打合せを重ねて法廷で証言するというのは、相当な負担です。でも、その精神科医には大変快く証人を引き受けていただきました。

 やはり、難しい意見書を朗読するよりも、専門家が用語を噛み砕いて目の前で説明するほうが、何倍も説得的で理解しやすい。実際の尋問を通じて、私はそう実感しました。裁判官や裁判員にとって理解しやすいという側面も重要ですが、弁護人としては、被告人が自分自身の事件のことをよく理解してくれるという点に最もやりがいを感じます。

 判決後、彼がとても穏やかな表情をしていたことが印象的でした。

【関連エッセイ】
裁判員裁判(2)
裁判員裁判(1)

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