権利を行使することの意味

 公判段階においては、弁護活動が裁判官の個性に少なからず影響を受けることは確かですが、それでも、弁護人が被告人に張り付いている以上、弁護人のあずかり知らぬところで勝手に物事が進むという事態は基本的にはないはずです。ところが、捜査段階においては、全く逆のことがまかり通っています。捜査機関は、被疑者の取調べに弁護人の立会いを許さないという姿勢を変えません。

 私たち弁護士は、日常的に民事事件において依頼者の代理人として活動をしています。相手方にも代理人が付き、代理人同士で交渉や裁判に臨みます。その過程で、自分の依頼者を単身で相手方代理人に会わせるようなことをするはずがありません。しかし、刑事事件においては、自分の依頼者(被疑者)を単身で相手方代理人(警察官・検察官)に会わせることが常識とされます。自分が代理人としてその場に立ち会うことは事実上不可能です。ここで事実上と申し上げたのは、弁護人が取調べに立ち会うことを禁ずる規定は見当たらず、法律上、弁護人の立会いに何の支障もないという意味です。

 では、弁護人を排除した結果、取調室の中では一体何が起きているのでしょうか。言うまでもなく自白の強要です。被疑者は、捜査機関の意に沿うストーリー(これを捜査機関は「真実」「本当のこと」と言います。)を語らないと、いかなる不利益を課されるか分からないというプレッシャーの下、客観的証拠を示されることもなく供述を求められます。このことは、逮捕・勾留された被疑者だけでなく、逮捕・勾留されていない在宅の被疑者についても全く同様です。在宅の被疑者は、自白しないと逮捕されるかも知れないというプレッシャーに晒されるからです。

 このような状況の下、弁護人としてできるのは、被疑者が黙秘権を行使できるようにアドバイスすることです。このように述べると「弁護人が戦略として被疑者に黙秘をさせた」と非難する人もいます。しかし、少なくとも、私自身は被疑者に黙秘を「させた」ことは一度もありません。黙秘権について納得のいくまで説明し、黙秘権を行使した場合としなかった場合の見通しを丁寧に説明し、あとは被疑者に最終的な方針を決めてもらうだけです。その結果、弁護人の立会いも許容されないような取調べにおいて、わざわざ積極的に供述したいという依頼者は、どうしても少なくなります。そのような被疑者の態度が気に入るか気に入らないかはさておき、黙秘権も権利である以上、いつでも自由に行使できるものでなければなりません。

 このような話をすると、いつもアメリカのエスコビード対イリノイ州事件判決(1964年)の一節を思い出します。「憲法上の権利に対する無知のゆえに、市民が放棄していることをいいことに、その有効性を保っているような刑事司法は、生き残ることができないし、また生き残るべきではないということ、これもまた、歴史の教訓としてわれわれが学んできたことである。被疑者が弁護人と相談することを許せば、被疑者がこうした憲法上の権利を知り、それらを行使するようになると恐れるようでは、維持するに値する制度とは、到底言えない。憲法上の権利の行使が、法執行のシステムの有効性を阻害するというならば、そのシステムに何か大変な誤りがあるということである。」(訳文は村井敏邦著『刑事訴訟法IITAI-HOUDAI』(日本評論社・1996年)107頁より)※

 エスコビード判決の精神は、私たち実務家が被疑者・被告人を含む法律家以外の者と接するとき、常に肝に命じておかなければならないと思います。

※ We have also learned the companion lesson of history that no system of criminal justice can, or should, survive if it comes to depend for its continued effectiveness on the citizens’ abdication through unawareness of their constitutional rights. No system worth preserving should have to fear that, if an accused is permitted to consult with a lawyer, he will become aware of, and exercise, these rights. If the exercise of constitutional rights will thwart the effectiveness of a system of law enforcement, then there is something very wrong with that system.(Escobedo v.Illinois,378 U.S.478)

目次