シリーズ「弁護人に問う」第5回〜なぜ証拠開示をしないのか

 捜査の過程で捜査機関(警察官・検察官)は様々な証拠を収集します。現場や被疑者の自宅などを捜索し、関係のありそうな物を片っ端から差し押さえます。現場の検証・実況見分を行い、写真を撮影したり図面を作成したりします。遺留品の指紋やDNAを調べます。通信会社や警備会社に照会し、通信記録や防犯カメラのデータを入手します。遺体の解剖結果や医師の所見も入手します。犯行再現実験もします。関係者を訪ね、あるいは関係者を呼び出し、詳しく事情聴取し、捜査報告書や供述録取書を作成します。これらは全て証拠収集の一環としてなされます。

 もちろん、弁護人も独自に証拠を収集することはできます。ときには映画やドラマのように、捜査機関の把握していない重要な証拠が手に入ることもあります。しかし「第1回〜なぜ被疑者・被告人と向き合わないのか」でも述べたとおり、主だった証拠は既に捜査機関によって収集されているので、弁護人は、まるでライオンの群れが去った後のハイエナのように残り物がないかを探すだけというのが実情です。

 従って、公判における弁護活動として、どれだけ多く検察官が持っている証拠を見ることができるかが非常に重要ということになります。

 ところが、現在の制度では、検察官はどの証拠の取調べを裁判所に請求するか、自分の判断で選ぶことができます。言い換えれば、検察官は、有罪立証に役立つ証拠だけをセレクトして、役立たない証拠は手持ちのままオープンにしないことができるのです。検察官は公益の代表者ですから(検察庁法4条)、民事事件の一方当事者の代理人のように勝ち負けにこだわるわけにはいきません。検察官にとって不利な証拠も積極的にオープンにすべきといえます。しかし、有罪立証ができるものと見込んで起訴した事件ですから、勝とうとする余り、どうしても証拠のセレクトは偏ってしまいます。人間の心理としては分からなくもありませんが、事は被告人に刑罰を与えるかどうかという大変な問題ですから、偏ってしまったでは済まされません。

 このような制度の下、日本では、平成16年以前、検察官請求証拠以外の証拠の開示は、非常に限定されていました。弁護人が、裁判所に対し、検察官に証拠開示を命ずるよう申し立てても、裁判所は、最高裁昭和44年4月25日決定に基づいて「事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類及び内容、閲覧の時期、程度及び方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防御のために重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」に限り、これに応じるものとされていました。現実には、熱心な弁護人と公正な検察官の組合せが実現することによって、ある程度、検察官による任意の証拠開示はなされることもありましたが、刑事裁判全体からすれば、ごく僅かでした。

 しかし、平成16年の刑事訴訟法改正によって、公判前整理手続が新設され、その中に類型証拠開示(刑事訴訟法316条の15)と主張関連証拠開示(同法316条の20)の2つの制度ができました。類型証拠開示は、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するため、一定の類型に該当する証拠を開示するというものです。証拠物、検証・実況見分調書、鑑定書やそれに類する捜査報告書等、開示対象はかなり広範に及びます。主張関連証拠開示は、弁護人の予定主張に関連する証拠を開示するというもので、こちらもかなり広範に及びます。

 捜査機関が収集した証拠は、捜査機関の私物ではなく、税金を費やして収集した公共財のはずです。本来は、検察官の手持ち証拠を全部開示するのが筋だと思いますが、現実には警察・検察サイド、それに警察・検察を支持する学者の強い抵抗もあって、全面的証拠開示はなかなか実現しません。類型証拠開示と主張関連証拠開示は、妥協の産物といわざるを得ません。しかし、妥協の産物とはいえ、類型証拠開示と主張関連証拠開示は、弁護人にとって、使いようによってはかなり使える制度だと思います。

 ところが、公判前整理手続に付された事件の中には、弁護人が果たして適切に証拠開示請求をしたのか、疑問を抱くようなものが少なからず見受けられます。起訴されて公判前整理手続に付されたかと思ったら、すぐに公判期日に突入したという事例は、おそらく証拠開示が不十分だったのだろうと推測がつきます。しかし、質量ともに十分な証拠を検討することなく、どうやって弁護をするのか不思議でなりません。

 ところで、最近は、弁護人が証拠開示請求をしなくても、検察官が一定の証拠を自主的に開示するケースが増えました。このような任意開示は、一応歓迎すべきことだとは思いますが、他方で弊害も生み出しているようです。それは、弁護人が検察官による任意開示に満足してしまい、それ以上、類型証拠開示や主張関連証拠開示を積極的に求めないケースが増えたというのです。

 しかし、検察官が任意に開示する証拠は、基本的に検察官にとってそれほど不利益な証拠ではないはずです。真に弁護人が欲しい証拠は、裁定請求(刑事訴訟法316条の26)をしてでも、自分でもぎ取ってくるしかないと思います。公判前整理手続に付された事件は、検察官による任意開示に関係なく、一律、類型証拠開示及び主張関連証拠開示を求めるべきです。

 弁護人にとって、目当ての証拠が開示されれば成功といえるでしょう。しかし、仮に目当ての証拠がなかったとしても、決して無駄ではありません。いや、むしろ証拠が「ない」という回答は、弁護活動にとって非常に重要な情報です。証拠が「ない」ということは、検察官がその部分を立証できないことを意味します。刑事裁判においては、検察官が合理的疑いを超える証明をしなければ無罪となるわけですから、証拠が「ない」というのは弁護人にとって有利な情報といえる場合も少なくありません。弁護人は、検察官に対し釈明を求めるなどして、丁寧にここを確認しておくべきです。

 証拠開示は、公判前整理手続の前半戦において必ず中心となるテーマです。後半戦で効果的な弁護活動をするため、弁護人は、証拠開示を完遂しておかなければなりません。

【関連エッセイ】
第1回〜なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回〜なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回〜なぜ勾留理由開示をしないのか
第4回〜なぜ示談できないのか

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