刑事告発について考える

 昨日は2人の大臣が相次いで辞任する大変な一日となりました。この辞任が政治的に妥当かどうかはさておき、気になったのは、辞任した2人の大臣のいずれもが、刑事告発を受けたことです。

 民主党の議員は、選挙区内でうちわを配ったとして、松島みどり前法務大臣を公職選挙法違反(寄付の禁止)の疑いで告発しました。また、市民オンブズマンは、関連政治団体が支援者向けに開催した観劇会について政治資金収支報告書に収入と支出に差額があった等の問題で、小渕優子前経済産業大臣らを政治資金規正法違反(虚偽記入)又は公職選挙法違反(買収)の疑いで告発しました。

 告発とは、第三者が捜査機関に対し犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示のことです。刑事訴訟法239条1項は「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」とし、公訴時効等の問題がない限り、犯罪の大小を問わず、誰でもいつでも告発することができます。

 しかし、この告発がむやみに行われるようなことがあってはなりません。捜査機関から捜査の対象とされる被告発人(犯人と疑われた人)の負担は非常に重いからです。国家権力から犯人と疑われるという精神的苦痛だけではありません。長期間にわたって捜査を受けることによって相当な時間を失いますし、名誉を著しく損なうことにもなります。特に、近年の法改正で、検察官が不起訴処分とした事件について、検察審査会による第二段階の審査で起訴議決がなされた場合、被疑者を強制起訴する制度もできました。小沢一郎氏は、最終的に無罪となりましたが、告発と強制起訴の制度によって政治の表舞台から消えました。

 このように告発は強力な制度ですから、告発する方にも厳しい責任が課されます。例えば、他人に刑事処分を受けさせる目的で虚偽の告発を申告した者は、虚偽告発罪(刑法172条)で処罰されます。また、このような場合、被告発人から不法行為による損害賠償請求(民法709条)を受けることもあります。しかし、告発するのに、それ以上の制約はありません。

 ところで、日本社会には、実に多くの罰則があります。これを全て網羅的に適用すれば、ある程度社会に出て活動している人のほとんどが被疑者・被告人になってしまうといえるかも知れません。そして、この全ての罰則に関し、誰でもいつでも告発をすることができます。世の中の人が、皆、虚偽告発とまではいえない、おそらく何らかの法律に違反するであろうという事件を片っ端から告発すれば、日本は何でも警察・検察(捜査機関)に頼る社会になってしまいます。それでも構わない、法律違反を正すのだから何の問題はない、と言われてしまえば、法律家として真正面から反論をしにくい側面はあります。

 しかし、ひとたび捜査のレールに乗れば、被疑者は国家権力という圧倒的な力を持つ組織に対峙し、取調べの対象となることを強いられます。そこには対等な立場で協議するといった民主的なプロセスはありません。政治の世界を含め、世の中は様々な価値判断や歴史・慣行の積み重ねがあって成り立っています。甘いと言われるかも知れませんが、私は、このようなことは基本的には各組織の自治や自浄作用に任せつつ、刑罰の適用は最後の手段にとっておいたほうが健全な社会ではないかと思います。

【関連エッセイ】
私戦予備・陰謀罪?
偽計威力妨害罪?

目次