裁判官の弁護士職務経験

 私たちの事務所で2年間、弁護士として経験を積んだ桑原さんが裁判所に戻っていきました。若手の裁判官が一定期間、法律事務所で働くという制度は以前からあったのですが、私たちのような小規模事務所が裁判官を受け入れるのは珍しかったそうで、もちろん、私たちにとっても初めての試みでした。ここでは2年間の雑感を書き記します。

 何よりも印象深かったのは、桑原さんがこの2年間で非常に弁護士らしくなったことでした。彼は、もともと複雑な記録を読み解くのが非常に早く、しかも丁寧で、第一印象から、裁判官としての適性を十分に持っていると思いました。しかし、その反面、最初の頃は、どこか事件を客観的中立的に眺めていて、依頼者ともやや距離を置きながら話しているように見えました。ところが、半年を過ぎたあたりからその傾向は徐々に変化し、2年目にはすっかり一方当事者として振る舞うようになっていました。いつも依頼者とともに喜んだり悔しがったりして、裁判の書面も、事件を淡々と分析するというよりも、いかにして裁判官を説得するかという点が強く意識された、熱のこもったものになっていきました。当事者=プレーヤーと審判=ジャッジを両方経験して、立場の違いがよく理解できたのではないかと思います。

 私は私選の刑事事件を多く扱っており、この2年間も桑原さんと一緒に多くの事件を弁護してきました。その中には、裁判官からはほとんど実態のわからない、捜査段階の在宅事件も多く含まれていました。依頼者とともに警察署に出向き、取調べの準立会いをすることも多々あり、弁護人なしでの黙秘が容易でないことを経験しました。少年事件では、少年や両親と何度も打合せを重ね、裁判所を説得し、良い結果を得ることができました。勾留決定に対し素早く準抗告を申し立て、それが認容され、依頼者が釈放される瞬間を目の当たりにしました。整理手続においては証拠開示が進まない根本的な原因を知ることができました。残念ながら、本気で争ったいくつかの事件で無罪を得ることはできませんでした。しかし、裏返せば、それは裁判官も当然理解していると信じて疑わなかった弁護人の主張が、実は全く理解されておらず、これを裁判官に理解させるのがいかに難しいのかを身をもって体験したともいえます。無罪を大いに期待して臨んだ判決期日に有罪を言い渡された時の悔しさは、これから裁判官を続けていく上で大きな糧となったはずです。

 裁判官の弁護士職務経験はとても良い制度だと思います。私は弁護士を経験した人が裁判官になるという法曹一元が司法のあるべき姿だと信じています。しかし、長い年月をかけて構築された日本のキャリア裁判官制度を根本から否定するのは現実的ではありません。この点、わずか2年とはいえ弁護士として実務経験を積んだ裁判官が増えていけば、少しずつ法曹一元の理念に近づくのかも知れません。これまで桑原さんほど刑事弁護の最前線を多数経験した現役裁判官はいなかったのではないでしょうか。ぜひ、この2年間の経験を裁判所内に広めていってほしいと願っています。

 そして、桑原さんを見送った後、私たちの事務所は、この4月から新たに相島さんという弁護士職務経験の裁判官を受け入れています。彼が2年間でどのような経験を積み、どのような弁護士になるのか、今からとても楽しみです。

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