一週間前、最高裁判所で、ハーグ条約に関わる人身保護請求事件について、差戻し判決が言い渡されました。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/572/087572_hanrei.pdf
ハーグ条約実施法により返還対象になった子について、子は自由意思に基づき日本での生活を希望しているのだから、母親の監護は人身保護法にいう「拘束」に該当せず、仮に「拘束」に該当するとしても違法性は顕著でない、とした名古屋高裁金沢支部の判断を否定したのです。
最高裁は、子による意思決定がその自由意思に基づくものといえるかどうかの判断基準について、「当該子が上記の意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的、客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か、連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべき」と示しました。ハーグ案件においては、居住国を異にする他方の親との接触が著しく困難になり、連れ去り前とは異なる言語、文化環境等での生活を余儀なくされるため、子が意思決定をするために必要な情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないという理由からです。
そして、当該事案については、①十分な判断能力を有していたとはいえない11歳3か月の時に来日した、②父親との間で意思疎通を行う機会を十分に有していなかった、③来日以来,母親に大きく依存して生活する状況にあった、④母親が米国に返還しない態度を強硬に示したといった事情を取り上げ、子は意思決定をするために必要とされる多面的、客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれて いる上,母親が不当な心理的影響を及ぼしている、すなわち、子が自由意思に基づいて母親の下にとどまっているとはいえない特段の事情があるとして,母親の子に対する監護は「拘束」に当たると判断しました(最高裁昭和61年(オ)第644号同年7月18日第二小法廷判決・民集40巻5号991頁参照)。
さらに、拘束に顕著な違法性(人身保護法2条1項、人身保護規則4条)があるか否かについては、ハーグ条約実施法に基づき、子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず、これに従わないまま子を監護することにより拘束している場合は、特段の事情のない限り、顕著な違法性がある、という基準を示しました。
差戻し判決は予想されたものであって、顕著な違法性の基準も、そのように述べるしかないと思います。ただ、最高裁が「自由意志」について示した基準については、ハーグ条約実施法の返還拒否事由の一つである「子の異議」の判断にも影響を及ぼすことになるのではないかと思いました。