何が違うのか

今日の夜は、カリフォルニア州で家事調停人を務めていらっしゃる日本人の方のワークショップが大阪で開催されましたので、それに参加しました。

諸外国の実務を伺う度に、そこには弁護士費用が高額であるという問題が根底にあるのでしょうが、離婚や子どもに関わる問題について、mediationが広く利用されていることを羨ましく思います。私は、日本の家庭裁判所には、人的、物的両面において構造的な限界があるという認識を持っています。それゆえに、家事分野において、当事者のためにより良い解決をするためには裁判外の紛争解決が望ましいと考えています。そして、家事事件について、興味や関心があるわけではなく、定見もない弁護士には、代理人活動をしてもらいたくないと思っています。もちろん、社会的に、そして当事者が、そのような認識を共有する基盤があってのことなのかもしれませんが。

裁判は、いわば後始末の作業です。それもまた大切な作業ではあるのですが、mediationには、将来に向けて作り上げていく醍醐味があるように思います。当事者が、自分自身で選択し、解決する力を持っているはずだという信念があります。

このような研修に参加することで、当事者が抱える問題が、私自身が疑問に思っている問題が、直ちに解決できるとは思っていません。しかし、日頃抱えている疑問を考える材料として、今後それを変えるための準備として、きっと有用だという思いから、それが東京であっても、大阪であっても、今はできる限り、そのような研修やワークショップに参加したいと思っています。