何が求められているのか

私は、家事事件を取り扱うことが多く、また、今後も取り扱っていきたいと考えています。しかし、関心がある分だけ、現在の家庭裁判所の実務に対してストレスを感じることもあります。

当事者の言い分だけをキャッチボールするだけで、それ以上に踏み込まない調停とは一体何の意味があるのだろうか。次回調停期日の候補日を2ヶ月以上も先とすることに何の躊躇もない感覚って何なのだろうか。養育費や面会交流の問題に対して抜本的に解決できない制度に対して何の悩みもないのだろうか。本人の言い分をそのまま伝えるだけの代理人活動に意味があるのか。人事訴訟事件において、裁判官がほとんど発言をせず、無軌道に当事者のやりとりに任せていてよいのか等、考え始めたらきりがありません。

現状の実務に対してあまりにストレスを感じたときには、自分の感覚がずれているような孤独な気持ちにさえなります。

でも、何の疑問も感じないで仕事をするよりは、何かがおかしいという感覚を持ちながら仕事をすることができてよかった、とも思うのです。